• 1.直腸癌外科治療―肛門温存手術について
  • keyword:人工肛門を作らない直腸癌手術、人工肛門を回避する直腸癌手術、排便機能温存手術、括約筋温存手術、術前放射線治療、術前放射線化学療法、低位前方切除術、超低位前方切除術、ISR

    図1AMiles先生やLockhart-Mummery先生が直腸癌の切除を行ってから100年近くがやっとたちました。直腸癌の外科治療は腫瘍切除が行われるようになってから、それ程、時間がたっておりません。

    過去、長い間にわたって、直腸癌の手術は永久的な人工肛門を作成する手術(Miles手術、マイルス手術、腹会陰式直腸切断術と呼ばれています)が行われてきました。

    20~30年前、直腸癌に対する器械吻合が行われるようになり、それ以降、低位前方切除術や超低位前方切除術といった、直腸下部で吻合する肛門温存術式が広く行われるようになっており、直腸癌イコール人工肛門という手術は過去のものになりつつあります。(図1A:(超)低位前方切除術での直腸の切離レベル。それぞれの切除レベルで腸管吻合を行います)

    しかし、腫瘍が肛門管にかかるような、大変低い位置にある場合(図1B:肛門管にかかるような低位の直腸癌の例)は永久人工肛門を作成する術式を選択するのが現在でもスタンダード(標準的)な手術法といえるでしょう。直腸癌全体の15~25%が、このような癌に属すると考えられます。

    図1Bまた、腫瘍の位置が図1Bのように吻合が可能な場合でも、体の自由がきかない患者さんなどで、低位直腸吻合術後の早期にしばしば認められる頻便などの排便障害でトイレに何度も通うのが辛い事が予想される場合も永久人工肛門を選択することがあります。

    このような低位直腸癌に対しても、我われは以前から極力、人工肛門を回避する手術を手がけ、これまで良好な成績を残してきており、これを発表してきました。いわゆる肛門温存手術(人工肛門を作らない手術)であります。

    この術式の中でも「究極の肛門温存手術」と呼ばれるものは、肛門括約筋(内括約筋)を一部切除することで癌を治癒的に切除し、且つ人工肛門を作らず、自然肛門を温存する方法で、通称SR(Interspincteric resection)と呼ばれます。この方法を用いると、ほとんどの方では人工肛門を回避でき、自然排便が温存されます。

    ただし、吻合部分は肛門の皮膚に限りなく近くなるため、低位前方切除や超低位前方切除術後よりもさらに、排便機能の障害が強くでることがあり、術後には排便訓練がどうしても必要となります(図1C)。 時間とともに、正常の日常生活に復帰されている方もたくさんおられます。
  • 図1Cさて、肛門温存手術がうまくゆくためには2つの難関をクリアする必要があります。
    • 肛門を残しても、癌を取り残さず、根治手術ができること
    • 術後の排便障害を極力、軽減する手術上の工夫をする事
    私たちは以上の2点を常に心に留めて治療を行っています。以下に私たちの具体的な治療内容とその成績を記載します。

  • 2.直腸癌手術の治療成績
  • 直腸癌の再発率や術後生存率をわれわれは正確にモニターしており、日本や世界の先進施設と差がない事を確認しています(図2A・B)。
     図2A:直腸癌根治手術後に局所(骨盤内)に再発した割合(局所再発率)(1995~2006年手術症例の解析)
     図2B:直腸癌根治手術後の生命予後(術後生存率)(1995~2006年手術症例の解析)

    具体的には、1995年以降2006年までの直腸癌の治癒的手術症例(術前照射併用例は除く)の5年生存率(ほぼ治癒率と考えられます)は89.2%であり、よく問題となり、学会でも取り上げられる、局所再発率は4.7%と、ともに大変良好です。
    図2A図2B

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  • 3.人工肛門を作成しない、究極の肛門温存手術(ISR)の手術成績(観察期間中央値909日)
  • 施行例22例(うち術前化学放射線療法併用7例)
     術後合併症
      手術死亡:無し
      縫合不全   吻合が泣き分かれて再手術(永久人工肛門作成):1例
     部分離開(保存的治療で治癒):1例
      腸閉塞:無し
      その他:無し
     再発例
      遠隔転移:1例
      局所再発:0例
    現在までのところ、安全に施行されております。
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  • 4.直腸癌手術後の排便障害の回避について
  • この点については、厚生労働省班会議「低位直腸がん手術における肛門温存療法の開発に関する研究」のメンバーとして、「肛門温存手術における術後排便障害の発症機序に関する研究 」というテーマで参画しており、たとえ低位の直腸癌の手術後であっても、術後排便障害を軽減する、ないし無くする努力を行っています。

    排便障害の軽減につながる、具体的な方法について説明します。

  • 4-1.手術に伴う、新直腸(neorectum)運動能の悪化を回避します
  • 図4Aまず、新直腸(neobladder)に分布する外部神経の走行を図に示します(図4A)。血管に沿って上から降りて来る神経と、骨盤の中から上行してくる神経が1系統で分布している事が分かります。
    この状態で、直腸癌の手術をした場合、図4B(1)に示したような血管切離をすると、新直腸はかなり長い腸管が外部神経のない状態となります(図のdenervated segment)。 一方、図4B(2)のように血管処理をすると、外部神経のない腸管は短くなります。
    癌の手術は従来、(1)の方法が一般的ですが、進行度によっては(2)の方法をとることで、より生理的な腸管が新直腸(neorectum)として使えます。
    図4B
    右図(2)のように切離する事で、新直腸は外部神経が豊富になる可能性がある。

  • 4-2.術中の肛門括約筋障害を回避します
  • 低位前方切除、超低位前方切除やISRなどの手術では肛門からの操作を必要とするため、しばしば肛門括約筋の障害が引き起こされる事があります(図4C)。 括約筋の障害は便やガスの漏れ(失禁)を引き起こし兼ねないため、術中の慎重な処置が必要です。
    図4C

  • 4-3.理想的な形状の新直腸(neorectum)を作ります
  • 今だ、広く認められているわけではありませんが、欧米を中心に新直腸の形状を工夫する事で排便障害の軽減が得られることが広くいわれております。これらの中で、我々の施設では新直腸形成の方法として、側端吻合やJ-パウチ吻合などを取り入れております。
    図4D
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  • 5.人工肛門を作成しない、骨盤内臓全摘術とその手術成績
  • keyword:人工肛門を作らない骨盤内臓全摘術、回腸導管、neobladder、stomaless TPE、ストーマレス骨盤、内臓全摘術

  • 5-1. 従来の骨盤内臓全摘術と「人工肛門のない骨盤内臓全摘術」
  • 図5A進行直腸癌が膀胱、前立腺、精嚢など近傍の組織に浸潤し、これらの臓器をすべて合併切除する必要がある場合、こういう手術を「骨盤内臓全摘術」と呼びます。文字通り、骨盤内の重要臓器を切除して再建する手術です。骨盤内の臓器は排泄と生殖に関わる臓器が多く、これらの機能を再建する必要があります。骨盤内臓全摘術そのものは専門施設でないと行いませんが、通常は尿と大便の排泄口を左右の下腹部に人工肛門として作るため、術後には2つの人工肛門を管理する必要があります(図5A)。
    私たちは骨盤内臓全摘術が必要な高度進行癌に対しても、肛門括約筋を温存し、また、膀胱は小腸を形成して作成する(代用膀胱作成)事で人工肛門をつくらない手術方法を行っております。完成図を図5Bに載せておきます。
    図5B
  • 5-2.人工肛門のない骨盤内臓全摘術の手術成績
  • 1998年以降、2007年1月までに男性11名、女性1名(合計12名)に施行してきました。
     機能面:12名全員自然排尿可能。排便機能は超低位前方切除術後と変りなし。
     予後:術後期間は311日~3099日(2007年2月20日時点)。

     肝臓転移手術(無再発生存中):1名
     局所再発(ともに死亡):2名

    手術合併症
     手術死亡:無し
     腸閉塞:2名(保存的治療で軽快)
     縫合不全:2名(1名保存的治療で治癒、1名は経過中に局所再発、遠隔再発で死亡)

    高度進行直腸癌の手術としては、全体として良好な手術成績と考えております。
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  • 6.腹腔鏡補助下大腸手術の治療成績(2007年2月20日時点)
  • 近年では適応となる疾患も増えております。これまでの術者としての経験数と手術成績を示します(1998年~2007年)。
    • 大腸癌 53例
       結腸癌(大腸部分切除)21例
       直腸癌 32例(高位前方切除 12例、低位前方切除 15例、超低位前方切除 5例)
    • 潰瘍性大腸炎(大腸全摘術)10例
    • クローン病(回盲部切除)2例

    合併症
     手術死亡:無し
     縫合不全:1例(再手術人工肛門作成)1.5%
     腸閉塞:無し
     皮下気腫(保存的に軽快)1例 1.5%
     創部感染(保存的に軽快)1例 1.5%

    予後
     大腸癌根治手術例(52例、1例は病期IV)のなかで再発例なし。

    従来の開腹手術での合併症率は、施設間格差がありますが、縫合不全5~12%、腸閉塞10~25%、創部感染5~15%であり、腹腔鏡補助下手術はいずれも良好な成績です。

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  • 7.肛門癌の放射線化学療法
  • 肛門に深い潰瘍を伴う進行肛門癌を認める(写真左=照射前)。放射線化学療法により、浅い潰瘍を残すのみとなった(写真右=照射後)。癌細胞は消失しており、2年後の現在、再発はありません。
    肛門癌の放射線化学療法
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