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ウォッチング

  人間は勝手なものです。一頃「自然保護」の御旗の元、「バードウォッチング」なる趣味が流行ったことがあります。自然の中で野鳥を観察し、自然を保護する意識を培おうという誠に結構な趣味であります。しかし、鳥の側からしてみれば迷惑千万でしょう。「のぞき見」されるわけですから。餌を取り損ねる瞬間でもご披露すれば喝采でしょうし、交尾の瞬間なぞご覧に入れようものなら歓喜してくれるでしょう。

  「ウォッチング」のウォッチ(watch)も「ルックス」のルック(look)も「見る」と訳せますが、lookはただ目で見ること、watchは注意深く観察する意味合いをもっています。

  実は外科医の間でも「ウォッチング」という言葉を使うことがあります。大きな手術の術後、患者さんのベッドサイドで夜通し付きっ切りで術後管理をすることを言います。我々が研修医の頃は大きな手術があれば、研修医は当然のようにこの「ウォッチング」をしなければなりませんでした。外科という分野は一種の「職人」でありますから、徒弟制度が厳然として残っています。「親方」の命令は絶対なわけです。こうした徒弟制度が良いとは言えませんが、「職人」である以上身体で技術を身につけることも必要なのです。
  しかし、時代は変わりました。「かっこいい」ベンケーシや外科医ギャノン、ブラックジャックの時代は終わったのかも知れません。3Kと呼ばれ「きつい」「汚い」「かっこわるい」の代表となり、今では外科志望者は「金の卵」と言えます。「自由」の御旗、他人に強制されることに「ムカツク」若者にとって「ウォッチング」は屈辱的な修練なのかも知れません。かつて研修医にとって、主治医であろうとなかろうと術後の「ウォッチング」は「当然」でしたし、率先して参加するものが多かったのでありますが、最近では「術後の指示は書きました」と定刻にはお帰りになる方々が少なからず見受けられるようになりました。手術は、無傷だった患者さんをメスで切りつけ、組織を損傷し挫滅させる分けですから、術後にどのような事態が起こるかを完全に予測することはできません。どのような手術を行うと、術後にどのような病態が起こり、いつ頃どのような不測の事態が起こり得るのか、どのような変化を注意深く観察しなければならないのかを肌身を以て体験し身に付ける絶好のチャンスでもあるのですが、....

「何で一晩中見てなくっちゃいけないんですか?」

「無駄じゃないですか! そのために当直がいるんだし...」

「ちゃんと指示は書いたんですから、帰らせて頂きます」

「君ね、一人前の外科医になりたいんだったら...」

「それじゃ、辞めます!」

「......」


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帝京大学救命救急センター
Trauma and Critical Care Center,
Teikyo University, School of Medicine

鈴木 宏昌 (dangan@ppp.bekkoame.or.jp)
Hiromasa Suzuki, MD

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