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帝京大学医学部第6学年 第1回卒業試験(外科学・救急医学/熱傷) 98

 鈴木 宏昌(担当分)

  • E31  38歳の男性。自動車修理工場で作業中、焼却炉にプラスチックボトルを投げ入れたところ、突然炎が吹き上げて受傷した。写真の如く、顔面および両手両前腕に熱傷を認める。

      診断と治療として正しいのはどれか。   【正解と解説】

    1. コンパートメント症候群
    2. 急性肝不全
    3. 出血性ショック
    4. 敗血症
    5. 急性呼吸不全

    a. (1)(2) b. (1)(5) c. (2)(3) d. (3)(4) e. (4)(5)

  • 回答数および回答率(正解率:33.3%)
    1. 0  (0.0%)
    2. 40  (33.3%)
    3. 0  (0.0%)
    4. 5  (4.1%)
    5. 75  (62.5%)

【 解 説 】   この問題の正解率は33.3%と低くかった。臨床問題では、実際の検査データーや画像診断から病態や診断・治療を考えることが重要である。多くの回答者がe. (4)(5) を選択しているが、これは『重症熱傷』→『創感染』『敗血症』と言った短絡的な構図が思い浮かんだからと思われる。
  注意して設問を読み取ることも重要である。特に、設問の最後の文章は重要で引っ掻ける意図はなくても『・・でないもの』と言った否定語があったり、『・・の時に』と言った限定された条件についての設問もある。『不注意(careless miss)』と言えばそれまでであるが、国家試験では特に注意して欲しい。
  この設問では『初期治療上』と限定された条件が示されている。確かに、重症のIII度熱傷では、あらゆる病態が起こりうる。創感染による敗血症から多臓器障害(MOF)となれば呼吸不全、心不全、肝不全、腎不全、DICなどの病態が起こりうるが、創感染から敗血症を発症するのは、極めて特殊な場合を除けば1週間以上経過してからである。
  熱傷初期に注意しなければならない病態は、何といっても『気道熱傷』による『呼吸障害』『血管透過性亢進』による『循環血漿量減少性ショック(hypovolemic shock)』である。写真右を見れば、顔面から頚部にかけて火炎によるIId(deep dermal burn)〜III度(dermal burn)が明らかであり、気道熱傷を考慮しなければならない。したがって、『急性呼吸不全』は初期治療において最も考慮しなければならない病態の一つである。この点については多くの諸君が気が付いたようで、[ b. (1)(5) ]と[ e. (4)(5) ]の選択に迷ったものと思われる。
  熱傷ショック期には、血管透過性亢進のために多量の血漿成分が血管外の間質に漏出し浮腫を形成する。重症熱傷では浮腫の形成は急速かつ高度であり、来院時には写真左のような創面が、数時間の内に右のように変わる。

  そこで注意しなければならないのは、四肢や胸部の全周性III度熱傷である。全周性にIII度の熱傷があると、III度熱傷皮膚は伸展性がないため浮腫が高度になると圧の逃げ場がなくなり著明に組織内圧が高まる。さらに、四肢では筋組織は筋膜fasciaに覆われており、筋組織の浮腫によっても組織内圧が上昇する。組織内圧が高まると、まず静脈が、そしてさらに圧が高まると動脈が圧迫され末梢循環が障害される。循環障害が起こるとさらに浮腫が増強するといった悪循環を来たす。循環障害の最終結果は、組織の壊死である。この一連の病態を『コンパートメント症候群(compartment syndrome)』と呼んでいる。
  コンパートメント症候群により四肢が壊死に陥るのを回避するには、組織内圧を減圧することが必要で、『減張切開』が行われる。焼痂および筋膜を切開し減圧する。胸郭の全周性III度熱傷では、焼痂により拘束のため浮腫が増強すると拘束性換気障害を来たす。この場合にも胸壁の減張切開が必要になる。
  問題の写真左を見て欲しい。文中には両手両前腕に熱傷があると記されているが、写真に右手の受傷状況が示されている。写真を見ると、前腕および手に全周性のIII度熱傷が認められ、コンパートメント症候群を考慮しなければならない。前述の通り、『敗血症』は初期治療で起こりうる病態ではない。



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帝京大学救命救急センター
Trauma and Critical Care Center,
Teikyo University, School of Medicine
鈴木 宏昌 (dangan@ppp.bekkoame.or.jp)
Hiromasa Suzuki, MD
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