Teikyo University Centre for Evidence-Based Medicine

帝京大学医学部衛生学公衆衛生学教授 矢野 榮二

 1.はじめに

 このたび文部省の私学助成のハイテクリサーチセンターとして、帝京大学エビデンス医療センターが作られることになりました。いうまでもなくエビデンス医療というのは、今、医学界で大流行のEBMから来た言葉ですが、肝心のEBMの中身はというと人によっていろいろな意味で使われ、必ずしもはっきりしません。帝京大学は昨年、EBMをテーマにして帝京―ハーバードシンポジウムを開いたように、わが国のEBMにとって指導的な立場にあるわけですが、このシンポジウムの内容をふまえてEBMについて整理する中で、帝京大学エビデンス医療センターの役割について考えてみたいと思います。

 2.EBMとは

 EBMのEはエビデンスの頭文字で、科学的根拠と訳す場合もありますが、そういうとEBMでない医療は、科学なし、根拠なしに行われていたのかということになってしまいます。もちろん今日の医学は自然科学各分野の成果を取り入れ、それらと相互に交流しながら発展してきたわけで、そういう意味で科学的根拠はあります。基礎的な化学物質の作用機作の研究が、新薬の開発につながった例は、枚挙にいとまがありません。しかし、実際に化学物質が医薬品として使われるようになるためには、作用機作が説明できるだけでは不十分です。理論的には有効でも、あるいは動物実験では有効でも、人間では効果がなかったり、想定外の作用が出現したりということで医薬品にならなかった薬剤というのは非常にたくさんあります。

 医薬品が有効であるということの科学的な根拠としては、作用機作とは別に、その薬を使うことで結果として病気が良くなったという証拠が必要なのです。実験動物ではなく生身の人間を相手にしてのことですから、こういう証拠を集めるのは必ずしも簡単ではありません。一見良くなったように見えても、それは病気が時間と共に自然軽快したためかもしれません。新しい治療を試みる患者は、比較的状態の良い患者に偏っているかもしれません。また薬を開発した立場からは、どうしてもひいき目に結果を判定してしまうかもしれません。このように実際の医療の場では、”科学的な”判定を妨げる様々な要素が存在します。

 上のような判定を妨げる様々な要因は疫学の分野ではバイアスと呼ばれるものですが、それらを排除し疫学的な手法で有効性を証明することがEBMでいうエビデンスです。このために開発された方法には、二重盲検法や無作為化比較試験があり、薬効試験ではかなり普及しています。しかし先日、いわゆるぼけ薬が全く無効ということで認可取り消しになりましたし、まして薬剤以外の治療法はエビデンスの有無で認可されているわけではありません。そこで理想的には、医師がある診療行為をする前に、その方法についての無作為化比較試験を中心にした従来の研究論文を集め、その内容を吟味し、結果を確認する事が望まれます。しかし、毎日たくさんの患者を相手に忙しく働く医師が、自分でひとつひとつの治療法の文献を集め、読むのは不可能です。そこでそれを系統的にかつ常に最新の知識を加えながら検討し、要約をインターネットやCD-ROM等で配信しているのがコクラン共同計画やEBMジャーナルです。

 3.帝京大学エビデンス医療センターの活動の柱

 帝京大学エビデンス医療センターはその活動の第1の柱として、各科カンファランスルームの機能を高め、各科が機動的にこれらの情報を利用できる様なネットワークを構築する計画をたてています。しかし、EBMとしてはこれだけでは十分でなく、またそれは帝京大学エビデンス医療センタの活動のごく一部でしかありません。

 第2の、そして最大の活動として、すでにあるエビデンスを参照するだけでなく、エビデンスを作り出す、それも日常の診療の中からそれを行うということを目指しているのです。

 実は医師の日常の診療行為で、前回述べたようなエビデンスがあるものは1−2割にすぎないといわれます。逆にエビデンスのある医療だけでは、即、病院の機能は停止してしまいます。一方本院では、毎日多数の患者さんが診療を受けています。そこで、その医療内容とその結果をきちんと分析し評価することができれば、少数の研究的な観察よりはるかに強いエビデンスを新たに得ることができます。厚生省は本年4月から診療記録の電子媒体による保存を認める通達を出しました。また現在、本院でも新オーダリングシステムの導入が目前です。そこで、こういう動きと連携して、電子化された情報を使って診療内容を分析し、エビデンスを取り出し、それをまた診療にフィードバックしていくということが帝京大学エビデンス医療センターの活動の第2の柱です。

 しかし、このことの実現のためには整備すべき事、解決しなければならない問題は多々あります。例えば診療内容の分析において、患者の病名がすべての出発点になりますが、従来、いわゆるレセプト病名が幅を利かせていました。これを国際疾病分類(ICD10)に統一していく必要があります。また個々の処方や検査を越えた診療の流れを把握し記録していくために、クリティカル・パスの導入が課題となって来ます。一方逆に、診療データを取り扱う関係上、患者のプライバシーの保護、情報の外部漏洩の防止などの対策も十分行う必要があります。

 しかしこれらの課題を克服して、EBMを目指したオーダーリングシステムが整備されれば、まずリアルタイムで様々な診療支援が可能です。すでにこれが導入されているハーバード大学では、薬剤の過剰投与や重複検査に対しその場で警告し確認が求められる、オーダー画面上でコクランなどに基づくガイドラインを表示する、また患者の異常検査データが直ちにポケットベルに連絡される、等の利用が行われており、昨年のシンポジウムで報告されました。さらに、実際の診療データを集め解析して、診療行為毎の成績評価を行い、もっとも良いものを早期に選び出したり、各科での臨床統計を用いた研究もはるかに効率的に進みます。さらにコストの面でも、ハーバード大学の例では、ソフト開発やコンピュータ導入費用の数倍の節約効果があったといいます。

 4.エビデンス医療センターのその他の活動

 最後に、センターのその他の活動についても簡単に触れましょう。EBMは当初、臨床医学の見直しから始まりましたが、今日欧米では予防医学や医療政策においても、この言葉が使われるようになりました。そして、帝京大学エビデンス医療センターでも、その活動の第3の柱として健康診断のEBMに基づく評価研究と改善の提案、第4の柱として、厚生省の委託による国や地域の健康指標の把握とその改善施策の科学的な分析、というふたつの分野を、基礎棟にあるセンターの研究室で開始しています。それらの詳細は別の機会にご説明したいと思いますが、これら臨床医学、予防医学そして国全体の医療政策の検討という全てが合わさって、センターが目指す、「保健医療活動の評価を通じたEBMの実現」が可能になることと思います。帝京大学エビデンス医療センターのこのように広く大きな可能性を実現し、医学部と病院の発展に役立てるために、皆様の積極的な参加をお願いいたします。


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