第1回日本肝胆膵外科学会International Observership Programに参加して

三重大学第1外科 田岡大樹

日本肝胆膵外科学会のInternational Observership Programによる第1期生として,1997年4月から1998年3月までの1年間,留学させて頂きました。米国の臨床医療を内からResidentやFellow達と学び,また日本の医療を外から見れた事は本当に貴重な体験となりました。今後,このプログラムに参加される先生方になにか参考になればと思い寄稿させて頂きます。
 私がこの米国の臨床部門から強く学んだ事は、Universal、Practical、Back Up, Survivalの4つでした。


1)Universal

多種多様な民族から構成されている米国では、臨床研究でも、臨床上のアプローチでも、それが全世界的に通用するものか常に考える必要を要求されます。病院内医師の構成でも、純粋な米国人だけで構成されている病院は稀であり、様々な人種がResidentとして、またSurgeonとして仕事をしているため、民族を超えた共通の認識が必要とされます。私が留学させて頂いていた1997年当時,William L.Traverso教授(Virginia Mason Medical Center,Seattle)の下で働くClinical Fellowは米国人が1人でしたが,Michael G. Sarr教授(Mayo Clinic, Rochester)の下で働くFellowはメキシコ、スイス、レバノン人の3人で構成され、またHoward A. Reber教授(UCLA, LosAngeles)の下ではドイツ2人、中国人1人,米国人1人が働いており、さらにその下に 多数の様々な国籍のResident達が働いています。これら国籍を超え多様な民族を集結させる事が臨床研究のUniversalな面を打ち出す強い原動力になっているように感じられました。Research ConferenceでもそれはUniversalな概念ではないという指摘がいつもFellow達になされます。また3病院の臨床で共通していた事は、患者の要求が一番初めであるという哲学が根本に流れている事です。つまり患者の要求にすべて応じられるシステムを病院側が確立しており、例えば遠方から来た患者が入れば、付き添い者の宿泊の手配も病院が世話をします。また患者が“仕事が多忙だから明日手術して欲しい”と言えば、それに医師も手術場も対応していきます。これらに対応できない病院は,米国なら患者から見放される病院になってしまいます。また一面、医療はビジネスでもあるという考え方も外科医に染み込んでおり、効果的Costを常に意識する必要も当然、要求されます。患者にbenefitがあり、診断は最小限度の検査で、手術は世界共通に認められた合併症のない術式で、入院期間は最小限度で、これらがバランスを持って行える医者が有能と考えられ、次回の病院との効果的な契約に結びつくのは欧米の共通した認識です。Fellow達が行う手術術式は,指導教官が異なるはずなのに,3病院ともまったく同じMethods,同じ手付きであったのには驚嘆しました。
 また患者管理の面から見ると、どの病院でもComputerが患者情報を1個所に集中管理しています。VMMCではEthernetで、UCLAではToken Ringで患者情報に全医師がLAN Accessできます。術前検査所見、画像所見、手術記事、退院総括、Surgeonが紹介医師に出した返事などは、すべてLAN上で科を越え全医師が閲覧可能です(Anytime, Everywhere)。 Mayoはやや特殊で、セキュリテーホールを避ける目的からLAN上のDataはすべて中央Computer Systemで保管され、特別な暗証番号と特別な場 所でないかきりAccessは不可能です。まず外国人にこの許可はおりません。従って患者情報はClinical Record上しか見る事はできませんし、これにもたくさんの許可書が要求されます(患者最優先であれば、患者のClinical Recordを担当医以外見せたくない、という患者の要求から始まりました)。また関連病院、各科医師間の間では瀕回にE-mailが飛び交い、電話による仕事の中断をできる限り避けています。


2)Practical

それが実践的かどうか、臨床に身を置く身分なら、その臨床研究がPractical useに耐えるものであるか、常に意識する必要があります。Traverso教授は、モ我々はPractical Physicianであり、Clinical Researcherではない事を認識していなければならない。良い臨床研究とは単純で、どこの施設でもすぐRepeatできるものであり、臨床からかけ離れたResearchは基礎医学でやるべきであるモといつも言われ,この考え方は3病院で共通でした。手術術式では合併症が多いと判断された術式は、まず認められません(手術は患者と医師との契約である)。しかし肝移植など、社会が必要と判断した高度な手術には、資金も人材も惜しげもなくつぎ込みます。米国の医療システムは、仕事をprojectとして捉え、それをチームが消化するという概念です。ここでいうチームとは日本流の団結でなく、複数の医師で業務を消化させていくシステムです。そのチーム内にリーダーを備えて大きな権限を与える事で、リーダーシップの重要性と責任を認識させていく。時にはあるプロジェクトにおいてはリーダーが教授より権限を持っている場合もあります。だがそれに比例する責任はとてつもなく大きく、失敗すればレイオフです。


3)Back up

現在うまく機能しているシステムが、恒久的に良い可能性は極めて低いといつも考えています。たとえばSurgeonもいつもbestの状態で手術はできないし、助けとなるFellowもいつ他の病院へ移動するかわからない。またいつ緊急処理事項が発生し外来、手術に影響するかわからない。データー処理コンピューターも、いつ故障するかわからない。したがっていつもback up systemを備えています。現状維持はすぐシステムの崩壊に繋がる事をよく認識していました。Sarr教授は自分のback up Surgeon(1人)を作り、週平均30件の手術を2人のSurgeonとResidentでこなしていました。


4)Survival

5年間の外科Resident生活を無事終了できるのはほんの数名です。82人のResident中5人のChief Residentを持つMayo Clinic、77人のResident中4人のChief ResidentがいるUCLAでは、Resident達はSurvivalに皆必死です。アナポリスを始め米国兵学校は5:30起床、22:00就寝ですが、3病院ともResidentはもっと早起きです。6:00AMからResident達だけで回診を始めますが、回診前のcheckのため、5:30AMには全員病棟に来ています。いったい何時に起きているのか聞いたところ、寝ぼけたままで回診はできないから4:00AMには起きている、と答えたのには吃驚しました。USNA(United Status Naval Academy)以上の厳しさです。またGood Conferenceは、朝7:00AMから開始される事が多く、全員が5分前にきっちり集合するのは見事なくらいです(Mayoでも、UCLAでも遅刻というのは考えられません)。手術も7:00AM開始が多く、それは病院のMain Serviceがday timeである以上、その間に手術を終了させなければならないという認識です。またResidentを終了した臨床Fellow達は,良いpositionを得るため国際学会でのWelcome Partyには積極的に参加して自分を売り込みます。“ヒロ,あれが有名な教授だよ。Say Hallowを言いに行こう!”と始終さそわれ,食事やワインを楽しんでいる時間もないくらいです。学会は,自分の発表や他人の講演を聞くばかりでなく,社会的交換の場でもあることを強く認識させられました。


一方,Research Fellowは比較的時間に余裕があるようで、休暇もとれるようですが、それでもMayoでは毎週、各関連する著名な教授陣の前でスライドを用いてpresentation(まるで学会なみに厳しい質問が飛び、指導教官が思わず助けに入る事も始終です。)、UCLAでは毎週20-30件の読んだ論文の中から2-3件関連する論文を教授に簡潔に紹介した後、Researchの経過報告です。ResidentもFellowも病院内のさまざまな Conferenceで、実にしっかり鍛えられ、またそれにSurvivalしていくのに必死であるという印象でした。
  未だ発展途上段階の私であり、私が留学した当時は4ヶ月Rotationという厳しい時間的制約の上での認識であるため、吸収しきれない個所が本当にたくさんあり残念なくらいです。米国臨床医療には問題の多い事も確かです。しかしスイス、レバノン、メキシコ、イギリス、ドイツ、インド、ニューヨーク、韓国、香港と世界に広がった同年代の臨床医師達とは,4年経った今でもE-mailの交換や,国際学会で出会った時一緒に食事に行ったりしています。
 Researchで,米国に留学してくる日本人は本当にたくさんいます。しかし実際,Clinicalに入り,手術やM&M Conferenceに参加する日本人は非常に稀であり,その厳しさまた楽しさは,このプログラムならでは,と思います。ぜひ若い内に,この臨床プログラムに参加される事を強くお勧めいたします。
 最後に,このような素晴らしい臨床プログラムをご起案され,ご推進されました高田忠敬教授に深く感謝致します。


戻る