胆汁酸

Dataはクマさんをクリックして下さい。

1.胆汁酸の化学構造と分布

胆汁酸は脊椎動物の胆汁に、その主要固形成分として含有されるステロイド化合物であって、 厳格な意味では脂質とは言えないが、同じくステロイドであると同時に脂質でもあるコレステロールから生合成されること、 脂質の消化吸収に必須の物質であることなど、脂質と関係が深いところから、通例、脂質の一員として取り扱われている。
天然胆汁中にもっとも広く分布している胆汁酸は、A環とB環の結合がシス型で、炭素数が24個の5β−コラン酸(1)を基本骨格とし、 その3,7,12位に1〜3個のα−配置の水酸基を有する、コール酸(2)、デオキシコール酸、ケノデオキシコール酸、リトコール酸の4種である。
この他に、これらの水酸基の一つがβ−配置となった胆汁酸(例えばクマの主胆汁酸であるウルソデオキシコール酸など)、 水酸基の1〜2個がケト基に酸化された(例えばモルモットの胆汁中に相当量存在する7−ケトリトコール酸など) ケト胆汁酸、3,7,12位以外の位置に水酸基を有する(例えばブタの主胆汁酸、ヒオデオキシコール酸など)ユニーク胆汁酸、 そして稀には、A/B環結合がトランス型になった5α−胆汁酸なども見出されている。
胆汁中ではC24胆汁酸の殆どは、そのカルボキシル基にグリシン、または、タウリンが酸アミド結合した抱合胆汁酸のナトリウム塩として存在している。
抱合胆汁酸は抱合するアミノ酸を頭初につけて呼ぶ。グリシンと抱合したコール酸はグリココール酸(3)であり、 デオキシコール酸のタウリン抱合体はタウロデオキシコール酸(4)である。
魚類、両生類、爬虫類など、より下等な脊椎動物の胆汁中にはC24胆汁酸が生合成される過程の中間体、 ないしはそれらの簡単な修飾によって生成したと考えられる化合物、胆汁アルコール及び高級胆汁酸がC24胆汁酸にかわる主成分として存在している。
胆汁アルコールとは、5β−コレスタン−3α,7α,12α,26−テトロール(5)のように、母核の構造は胆汁酸と同一であるが、 側鎖末端にカルボキシル基をもたない中性のポリヒドロキシステロイドであって、下等脊椎動物の胆汁中には、 その水酸基に硫酸がエステル結合した抱合体、胆汁アルコールサルフェートのナトリウム塩として含有されている。 また、3α,7α,12α−トリヒドロキシ−5β−コレスタン酸(6)はコール酸(2)のC27同族体であるが、 このようなC24胆汁酸の高級同族体は、高級胆汁酸と総称されており、タウリン抱合体、もしくは非抱合酸のナトリウム塩として下等脊椎動物の胆汁中に分泌されている。胆汁アルコールや高級胆汁酸は、それらを胆汁主成分とする動物において、ヒトなどの高等脊椎動物におけるC24胆汁酸と同じ生理的機能を果たしているものと推測される。 それらの下等脊椎動物の肝には、コレステロールの側鎖を酸化切断する酵素系の全てがまだ獲得されておらず、このためC24胆汁酸の産生にいたらず、 その生合成前駆体である胆汁アルコール、高級胆汁酸をコレステロール代謝の終産物として胆汁中に分泌しているものと考えられる。
近年、健常なヒトの胆汁中にも、ごく微量ではあるが胆汁アルコール、高級胆汁酸が常在していること、 そしてそれらが増加蓄積する特殊な疾病のあることが知られた。 健常時の胆汁アルコール、高級胆汁酸の存在は、C24胆汁酸生合成過程の中間体のごく一部が正規の分解経路から逸脱して 胆汁中に分泌されたものであり、また胆汁アルコール、高級胆汁酸を蓄積する疾病の場合は、C24胆汁酸生合成過程中の 側鎖分解反応を触媒する酵素を先天的に欠損しているため、中間体の増加蓄積を来したのであると考えられている。


2.胆汁酸の性質

非抱合型の胆汁酸は融点140〜250℃の白色の結晶で、水に溶けにくいが有機溶媒には一般によく溶ける。そのナトリウム塩は水、 アルコールによく溶け、非極性有機溶媒に溶けにくい。
抱合胆汁酸は、苦みをもつ白色結晶状固体で、その幾種かは吸湿性である。水、アルコールによく溶けるが非極性有機溶媒には殆ど溶けない。
胆汁酸分子は、その大部分を炭化水素が占める母核と、末端に強い極性基をもつ側鎖とから構成されている。このため、胆汁酸、 とくに抱合胆汁酸には強い界面活性作用があり、ミセル形成能を有している。


3.胆汁酸の生体内動態と生理的機能

胆汁酸は脊椎動物におけるコレステロールの量的にもっとも主要な代謝産物として、その肝で生合成されている。 ヒト体内に存在するコレステロールの約50%は胆汁酸に変換されたのち体外に排出されており、胆汁酸の生理的機能の一つとして、 それがコレステロールの排泄形態であるということがあげられる。
肝細胞内で生成した胆汁酸は毛細胆管に分泌され胆汁の主成分となる。 胆汁分泌を決定する因子は胆汁酸だけではないが、胆汁酸がそのもっとも重要な因子であることは疑いない。即ち胆汁酸はその生理的機能の一つとして、 水分、並びにレシチン、コレステロール、胆汁色素などの固形成分の胆汁への分泌を促進しているのである。
肝から分泌された胆汁は胆嚢内に一時貯蔵され、水と電解質の吸収を受けて濃縮される。 このため胆汁中の胆汁酸濃度は、肝胆汁が0.7〜1.4g/100mlであるのに、胆嚢胆汁では1.0〜9.0g/100mlになっている。 胆汁中の胆汁酸はレシチンとともにミセルをつくってコレステロールを可溶化している。 もし胆汁中の胆汁酸濃度が低下すると、ミセル中に取り込みきれないコレステロールが集合し結石することになる。 言い換えれば、胆汁酸は胆汁中においてコレステロール胆石が形成されないように機能しているのである。
食事摂取とともに胆嚢は収縮し、胆汁は十二指腸内に流入する。小腸内において、胆汁酸は脂質の消化吸収を介助促進するという 機能を発揮している。胆汁酸は膵液リパーゼを活性化し、またその至適pHを調節し、更に中性脂肪を乳化して膵液リパーゼの作用する水−油界面を拡大してその働きを助ける。 また胆汁酸は脂肪分解物とともに脂溶性ビタミンなどの脂質をミセル形成によって溶解し、それらの腸壁からの吸収を容易にしている。
この脂質の消化吸収における胆汁酸の働きは空腸までつづくが、回腸に達したとき、胆汁酸の大部分は再吸収される。
胆汁酸は腸管から能動輸送と受動拡散の両形式によって吸収されているが、抱合胆汁酸は主として能動輸送によって吸収されており、 したがって抱合胆汁酸は十二指腸、空腸からは吸収されにくく、その生理的機能を発現するに必要な濃度が維持される。
健常なヒトの小腸内胆汁酸濃度は2mM以上である。 回腸から再吸収された胆汁酸は門脈をとおって肝に運ばれ、肝細胞に摂取され再び胆汁中に分泌されて腸肝循環を行う。 健常なヒトの体内胆汁酸の総量は2〜4gであって、その99%以上が腸肝循環系内に存在している。
1回の食事に際し胆道系を通過して十二指腸内に流入する胆汁酸量は4〜8gと測定されたが、これは腸肝循環系内に存在する胆汁酸の2倍に相当する。 つまり胆汁酸は1回の食事につき2回、1日にすると6回の腸肝循環を行っていることになる。肝細胞における胆汁酸の摂取効率は70〜90%と高く、 それを逃れて大循環系に漏出する胆汁酸はごく僅かである。健常なヒトの血中胆汁酸は約1μg/ml、尿中に排泄される胆汁酸は0.55〜5mg/日に過ぎない、ただし病態時に血中、尿中の胆汁酸が増加することがあり、 これは検査法として利用することができる。
回腸からの吸収を逃れた胆汁酸は大腸を通過し、最終的には糞便中に排泄されるが、このとき、大腸からも若干量の胆汁酸が再吸収されて 腸肝循環系にもどっている。結局、健常なヒトにおいて、小腸内に入った胆汁酸の95〜98%は再吸収されており、腸肝循環から逸脱して 糞便中に排泄される胆汁酸は1日約500mg程度である。そしてこの糞便中に失われる胆汁酸と同量の胆汁酸が肝においてコレステロールより 新たに生合成されて、体内の胆汁酸レベルは一定に保たれている。
胆汁酸は腸管において、脂質の消化吸収の介助促進以外に、次のような機能も果たしている。
即ち胆汁酸には細菌の発育を抑制する作用があり、このため胆汁酸濃度の高い上部腸管では腸内細菌の過剰繁殖が抑制されている。 また胆汁酸には結腸の運動を促進する作用と、糞便が過度に脱水されるのを防止する作用があり、便通を助けている。
以上、述べたような胆汁酸の生理的機能を利用して、胆汁分泌促進、胆石溶解、脂質消化吸収改善、整腸などの目的に、 胆汁酸は医薬品として用いられている。(穂下剛彦)