植物脂質概論

植物界は動物界と同じようにあるいはそれ以上に多彩な世界である。基本的には細菌、放線菌、真菌まで含める世界であろうが、この群は一括して細菌群脂質として別の項目にまとめることにした。注釈

植物界と動物界の基本的な違いは、教科書的には、植物は空気中のCO2と水から炭水化物(糖質)を合成する能力を有し、且つ地中のN源からチッ素化合物(アミノ酸、タンパク質)を合成する能力を持っているある種のバクテリアは空中チッ素の固定をおこなうことも知られている。それに対して、動物には空中チッ素の固定能力もなければ、空中のCO2から糖を合成する事も出来ない(CO2を取り込む反応がいくつか知られてはいる)。
しかし、脂質の領域で動物界、植物界を見渡すと、まず最初に貯蔵エネルギーとしてのトリアシルグリセロールが共通して存在するということが挙げられる。二番目として膜脂質としてのリン脂質の存在も共通である。植物には細胞壁の内側に形質膜が在りミトコンドリアも核も存在し、ミトコンドリア膜も核膜もあり、それらは更に滑面小胞体、粗面小胞体を形成する膜構造が在り、基本的にはリン脂質二重膜がある。しかし、動物細胞の脂質二重膜には10%前後のコレステロールが含まれているが、植物にはコレステロールは無く、いわゆる植物ステロールが膜成分になっている。
しかし、植物には葉緑体というまったく異なった細胞内小器官が在る。この膜成分はモノガラクトシルジグリセリド、ジガラクトシルジグリセリドである。即ち葉緑体成分の一部は動物では見られない。
基本的に動物は植物を食べて生きている。消化管まではあらゆる植物成分が入るが、そこで消化(分解)吸収した後動物に必要な成分に作り替えられてしまうので、動物界と植物界の脂質に若干の違いが出てくる。

脂質

植物脂質は緑色の葉の7%(対乾燥重量)あり、それは植物細胞の葉緑体やミトコンドリアの膜成分である。
また、種や果実には大量の脂質が蓄積され発芽の際のエネルギー源として用いられる。それらの脂質、殊にトリアシルグリセロールを構成する脂肪酸には不飽和脂肪酸が多く、その幾つかはヒトの必須脂肪酸になっている。
さらに、植物には有機溶剤に溶けると言う性質で共通する炭化水素類、ステロイド、テルペン類も多く存在している。

1)トリアシルグリセロール

 三つの脂肪酸とも同じ物、例えばトリオレイン(オリーブ油)、トリリノレイン(ベニバナ油)などもあるが、多くの種類のものは三つの脂肪酸が同じとは限らない混合型で、ココナッツオイルのような例外はあるが構成脂肪酸は不飽和脂肪酸が多く、常温で液体である。

2)リン脂質

クロロプラストやミトコンドリアの成分として葉に多く存在する。種類はホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、そしてホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロールである。ホスファチジルグリセロールは葉のリン脂質の20%に達する。

3)糖脂質

モノガラクトシルジグリセリド(MGDG)とジガラクトシルジグリセリド(DGDG)が葉緑体の重要な成分である。更にスルホノキシルジグリセリド(Sulfoquinovosyl diglyceride)も葉緑体成分として植物界に広く存在する。

4)脂肪酸

脂肪酸は殆ど前記の脂質の成分としてエステル型で存在しているが、植物界ではその種類は数百種に及ぶ。
炭素鎖はC
16のものC18のものが量的に最も多いのは動物と同じである。
飽和脂肪酸ではパルミチン酸が葉の脂質の構成脂肪酸として最も多いが、種子油ではステアリン酸の方が多い。不飽和脂肪酸でもC
16、C18のものが葉及び種子油ともに多い。前述のオリーブ油では構成脂肪酸の80%がオレイン酸(C18:1)であり、ピーナッツ油では59%に達する。リノール酸(C18:2)も広く植物界に分布している。αーリノレン酸(C18:3)はアマニ油の脂肪酸の52%を占めている。
脂肪酸の二重結合は主としてZ-form(cis 型)であるが、E-form(trans 型)もないわけではない。
限られた範囲の植物にしか存在しないがパセリの種子油の脂肪酸の76%はペトロセリン酸(C
18:1ω12)である。エルカ酸(C22:1ω9)はナタネ油に非常に多い。また、桐油に見られるステルクリン酸(C19:1ω9 cyclopropen)のようにシクロプロパン環を持つものもある。

5)テルペン類

植物成分で有機溶剤に溶けるものにテルペン類がある。テルペンはイソプレン(C5)またはその重合体でトリテルペン(C5x6)はステロイド、テトラテルペン(C5x8)はカロチノイドとして、植物成分である。勿論、トリテルペン以下のものも植物の香気成分あるいは植物ホルモンの性質を有し、有機溶媒に溶けるものは多いが、その数は2万種以上に及ぶため、しばらくはステロイドとカロチノイドを中心に収録していく。

植物ステロール

ステロイド骨格(シクロペンタ[α]フェナントレン環)を持つ化合物で、高等植物にはシトステロール(sitosterol)、スティグマステロール(stigmasterol)、カンペステロール(campesterol)が膜成分として広く存在する。また、藻類にはエルゴステロール(ergosterol)、褐藻類にはフコステロール(fucosterol)が存在するが、高等植物でも微量には存在する。
限られた種にはコレステロール、エストロン(ナツメヤシの種子)、テストステロン(ヨーロッパアカマツの花粉)など動物性といわれるものが見出されている。
また、植物にはこんちゅうを誘引したり成長を促する物質(フィトエクダイシン)を産生するものがある。
更にカロチノイドはC
40のテトラテルペンで植物界に広く分布する脂溶性の色素である。その役割の一つは光合成の際に働きを持つことであり、もう一つは花や果実の着色で、受粉や遠隔地への播種のために昆虫や鳥を誘引するためとされている。その誘導体の種類は数百にも及ぶが、最も基本的にはα〜εカロチンまでがある。いずれも多数の共役二重結合を有し、α−カロチンは人参やトマト、β−カロチンは緑黄色野菜やサツマイモ、γ−カロチンはマリ−ゴ−ルドの花や緑藻、γ−カロチンはグミの実、ε−カロチンはパパイヤなど互いに混ざり合って存在している。
リコピンはε−カロチンと二重結合数が異なるだけの形でトマトに多く。キサントフィルは別名ルチンでカロチノイドアルコ−ルである(モノハイドロキシオキシカトチン)。
更に多数の水酸基が導入されたもの、ケトン基を持つもの、長い炭素鎖があるもの(C
50カロテノイド)など多彩である。また脂肪酸をエステル結合するもの(これは定義上完全な脂質である)、糖を結合するものなど様々な誘導体がある。
動物は食物としてかロテンを取り込む。フラミンゴやロブスターの赤色は食物由来のカロテノイドである。そしてC
20イソプレノイドアルコールのビタミンAを作る。