ちょっぴりマジメな話(3):禁煙のすすめ  

10月の最終日曜日をもってサマータイムは終わりました。
11月に入ったアトランタは、
まださほど寒くはありませんが日が落ちるのは極めて早く、
6時半にはもう真っ暗です。
ハロウインに続いてこれからのアメリカは、
サンクスギビング、クリスマスとイルミネーションの映える季節になります。

今日はたばこの話をしたいと思います。
当方はたばこを吸いません。
したがって当然のことながら、喫煙家の方には相当きびしい意見かもしれません。
しかし、反対意見に耳を傾けることも大事なことです。
どうか最後まで読んでくださいね。

われわれ血管外科の扱う疾患には、
このホームページの主題である静脈瘤のほかに、動脈の病気があります。
この動脈の病気の代表的なものは動脈硬化による動脈瘤や慢性動脈閉塞です。
動脈硬化は狭心症、心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こす、いわゆる生活習慣病のひとつですが、
この動脈硬化の原因の一つが「たばこ」です。

動脈硬化は全身の血管すべてに生じるうえに、
ひとたび動脈硬化に陥った血管を元通りに治す方法は現在ありません。
したがって現段階での治療は、
たとえば動脈瘤では、こぶになってしまった血管をとりかえる手術、
また動脈閉塞に対しても、
つまった血管はそのままにして新しい血流の通り道を造ってあげるバイパス手術が主体です。
手術をしない場合でも、
血液の流れをよくしてあげるような薬剤を投与するほかありません。

そのほかにもたばこは、
御存知の通り肺癌、肺気腫の危険因子ですし、
たばこは百害あって一利なし、です。
 
わたくしたちは当然、外来でこのような人々に「禁煙」をすすめます。
なぜか?たばこを続けていれば動脈硬化が進んでいくからです。
そして、たばこが健康の害であることを知っているからです。
もちろん、たばこを吸うか吸わないかは個人の自由です。
しかし、たばこを吸う自由を選択した人には
「喫煙に伴う不利益をすべて受け入れる自己責任」を
負担してもらわなければいけません。
 
さて、喫煙家の方々はなかなかたばこをやめられないように聞きます。
なぜでしょうか?
 
現在徐々に喫煙の習慣性に関する研究が進んでいます。

それによると、たばこに含まれるニコチンは、
脳内アセチルコリン受容体に結合し
最終的に大脳辺縁系のドーパミン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質を放出させます。
これが多幸感を呼び依存性につながるそうです。
 さらに、ニコチンを習慣的に摂取していると、
アセチルコリン受容体が不応化し代償的に受容体の数が増えてきます。
喫煙から時間が経ちニコチンの血中濃度が低下すると、
増えたアセチルコリン受容体の働きが乱れ、
これがいらいら感などのたばこの離脱症状を引き起こします。

このニコチン摂取の時に見られる大脳辺縁系からのドーパミン分泌促進は、
コカインやアンフェタミンといった麻薬を摂取した時にも生じるのです。

アンフェタミン
コカイン
ニコチン

   つまり、たばこは麻薬とおんなじ作用があるといっても過言ではないのです。
 もちろん、たばこは法律で認められています。
でも考えてみてください。

合法だからといって子供たちの前で麻薬を吸いますか?
そしてもうひとつ、
たばこという麻薬は間接喫煙という形で第三者に害を及ぼすのです。
 アメリカのpublic commercial seviceのスポットCMのなかに、禁煙に関するものがあります。
このコピーは、こんな感じです・・

「The only arm which kills the third party, ----is tobacco!」
(第三者を殺す世界で唯一の武器−−それはたばこ。)

アメリカは「たばこ対策」の進んだ国です。
ラボの同僚のバニーは
「アメリカでも禁煙に対する社会的な教育はこの10年くらいかしら」と話していましたが。
アメリカ社会では喫煙者はともすると陰ながら軽蔑されます。

それはともかくとして、
アメリカのたばこ対策は青少年、つまり自国、地球の未来を担う次世代の教育に重点が置かれています。
これは大変学ぶべき点と思います。
 
具体的には、たばこの自動販売機は例外をのぞいて禁止されています。
また、たばこを買うときには写真と生年月日の記入された身分証の提示が必要です。
また学校周囲のたばこに関する看板広告の禁止、
若年者が購読層の出版物におけるたばこ広告の規制、
スポーツイベントへの後援の規制
(これのおかげでF1マシンからたばこブランドの名前が消えましたよね)
などなど・・・

もちろん、エモリー大学には建物、校内にいっさい灰皿はありません。
もちろん病院の中もです。

それに引き換え、日本で当方が勤務していた病院すべてに、
患者様のための喫煙コーナーがありました。
当方は不思議でなりませんでした。

病院はご病気の方がいらっしゃるところです。

もちろん骨折など、大変お元気な方が入院されていたり、
お見舞いの方の中に喫煙者がいらっしゃるのも理解しています。
しかし、患者様の多くの方にとってたばこは有害なのですから、
病院に喫煙コーナーが存在するのはどうにも不条理のような気がします。
このことは当方には、医療従事者サイドの喫煙に対する考え方の甘さが反映されていると思います。


 

アメリカ連邦食品医薬局(FDA)は、紙巻きたばこおよび無煙たばこを
「ニコチン、すなわち依存性とその他の重要な薬理学的作用をもたらす薬物、の供給装置」
と結論しました。

そして、たばこに含まれるニコチンは依存性を引き起こしこれを維持し、
沈静および刺激などの精神変容作用をもたらす、としています。

そして、上記のたばこ規制という青少年教育に対する法律的根拠として

1) たばこの依存性と薬理学的作用は非常に広く認知されており、分別 のあるたばこ業者なら、消費者がこれらの作用を目的としてその製品を使用することは予見できること
2) 消費者はたばこを、主に薬理学的作用を目的として使用していること
3) たばこ業者はたばこに含まれるニコチンが薬理学的作用をもたらし、消費者はそのたばこを、主に薬理学的作用を得るために使用することを認識していること

などをあげています。

ここ1年の間にアメリカでは、象徴的な出来事がありました。
ひとつは、映画「インサイダー」の公開です。

これは、たばこ会社を相手どってたばこの常習性に関する内部告発をする科学者のノンフィクションストーリー
(主演;アル・パチーノ、ラッセル・クロウ)です。


この作品はアカデミー賞にもノミネートされました。
当方は機内の映画で見ましたが、大変面白いものでした。

アメリカたばこ産業の裏事情がうかがえますが、
これがノンフィクションというところがなんともすごいものです
http://video.go.com/insider/index_flash.html )。

もうひとつは、御存知の方もあるかもしれません。
今年7月、フロリダ州高裁における大手たばこ会社五社を被告とする集団訴訟
(健康被害を理由に病気の原告が訴えていたものです)で
懲罰的損害賠償について陪審の判決が下りました。

その金額は・・・
145,000,000,000ドルです!!
円に換算すれば約15兆円です。

もちろんたばこ会社がこれらの賠償金を支払えるわけはない、
などまだまだ多くの問題を残していますが、
アメリカはたばこに対して厳格な態度を表明しつつあるのです。

 
さて、日本ではどうでしょうか?
「たばこ対策」に関してはきわめて遅れているとしか言い様がありません。
 良い例があります。
たばこパッケージの広告文です。
以下に各国に例を出します。


日本
「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」


イタリア
「たばこで死ぬ危険は交通事故の四倍である」


アメリカ
「喫煙は肺ガンや心臓病、肺気腫を引き起こし、妊婦に悪い影響を及ぼす恐れがある」


カナダ
「喫煙は死につながる」

etc.etc.

2002年からEU加盟各国は以下のように明記することに決めたそうです
「喫煙は人を殺す」・・

日本の持って回った言い方はなんでしょうか。
「吸いすぎに注意しろ」ということは、「適度に吸うなら健康は損ないませんよ」ということでしょうか?
これは明らかな嘘です。
愚かというほかありません。
FDAからすれば日本には分別ある業者はいないことになります。
もちろん、その通りですが。

 もうひとつ重要なデータがあります。
日本の男子成人喫煙率は59%と各先進国に比べるとかなり高いのです。
ちなみに、フランス40%、イギリス28.0%、アメリカ28.1%、ドイツ36.8%・・・

さらに、日本では輸入たばこの販売本数が増加傾向にあり、
現在日本におけるたばこ消費シエアの20%以上を占めています。
実際WHO(世界保健機構)のデータによれば、
日本を含めた西太平洋地域における紙巻きたばこの消費量は、
他地域と比較して著しく増加しているのです。
(ちなみに前述男子成人喫煙率は韓国68.2%、中国61.0%など)

たばこは麻薬と同じである・・
日本では輸入たばこの販売本数が増加している・・
西太平洋地域は紙巻きたばこの消費量が著増していて、 欧米たばこ産業にとって有力な市場である・・・
 当方は阿片戦争を思い浮かべました・・

まあ、これは少々過激としても、
今年に入ってからのアメリカの中国に対する経済政策緩和
(アメリカ議会における、中国に対する恒久正常貿易関係法案可決)には、
たばこ産業を含めたビジネス戦略があることには間違いないような気がします。

 それはともかくとして、喫煙者の皆様。

たとえそれが合法だとはいえ、
個人の自由とは言え、あなたは「おれは麻薬を吸っている」と胸を張って言えますか?
まだ分別のない未成年に麻薬を見せますか?
他国で「人を殺す」と書かれたものを続けますか?

 現在では禁煙のためのシールができています。
ニコチネルTTSというニコチンパッチです。


これにより禁煙が以前よりかなり楽にできるようになっているようです。

医師の処方が必要ですし、まだ保険適応となっていないなど、不自由な点があるかもしれませんが、
禁煙してみようと思った方は試されてはいかがでしょうか。

そして、二枚舌アメリカの建前の部分とはいえ、
喫煙に対する青少年教育の厳然たる態度、
これは日本は早急に学ぶべきではないでしょうか。

参考文献
1)日経メデイカル2000年5月号
2)Newsweek July.2000
3)週刊文春8月10日号「読む薬」
4)インターネットサイト
  「New Scientist」
5)厚生省ホームページ
  「たばこと健康」

2000.12