developmental glaucoma

特に 隅角発育異常緑内障

§  はじめに

 眼房水は無血菅組織である水晶体や角膜を栄養し,同時に眼球の内圧をほぼ定に保ち,眼球の形態維持と眼組織の機能維持に働いている.
 眼房水は毛様体で後房に産生され,水晶体の周囲をめぐって,瞳孔領から前房に達する.前房からの房水流出路には2通りがある.そのつは,前房隅角の線維柱帯からSchlemm管を経由して,房水静脈へ入る経Schlemm管房水流出路である.他のつは,毛様体の先端部から毛様体の筋束間結合組織に入り,上脈絡膜を経由して,強膜膠原線維の問,あるいは渦静脈周囲,毛様動脈周囲,毛様神経周囲の疎性結合織などを経由して,眼球外に流出するぶどう膜強膜房水流出路である.いずれの房水流出路でも,正常な房水流出機構が働くには,前房隅角の隅角陥凹が十分に発育していることが肝要である.隅角陥凹が十分に発育していないと,線維柱帯およびSchlemm菅にも発育異常があり,また同時に経ぶどう膜強膜房水流出路でも房水の流出障害が起こりやすい.
 臨床的に,隅角陥凹の発育状態を観察する指標は隅角鏡による毛様体帯の幅である.正常に発育した隅角では,毛様体帯の幅は線維柱帯の幅の約半分である.毛様体帯の幅が十分に広ければ,隅角の発育は良好であり,毛様体帯の幅が狭いか,もしくはほとんど見えない場合には,線維柱帯の発育も不十分である.隅角発育異常緑内障では,毛様体帯の幅が線維柱帯の幅の半分以下の状態,あるいはわずかに細い線状にみえる状態,まったく見えない状態などが観察される.
 隅角発育異常緑内障には,隅角発育異常緑内障早発型(牛眼)および隅角発育異常緑内障晩発型(若年緑内障)がある.いずれの場合でも,隅角陥凹の発育が悪い.隅角陥凹の発育状態は,隅角発育異常緑内障早発型では重度の発育異常が多く,生後早期に緑内障を発症しやすい.また,40歳以降に発症する原発開放隅角緑内障でも軽度の隅角発育異常がある.隅角発育異常緑内障晩発型は隅角発育異常緑内障早発型と原発開放隅角緑内障のほぼ中間に位置する.
 さらに,前眼部の発育異常を示す疾患,例えば虹彩実質低形成,Axenfeld-Rieger症候群,無虹彩などの前眼部間葉異発生(ASMD:anterior segment mesenchymal dysgenesis)も,隅角の発育異常を伴い,緑内障が高頻度に発症する.
  このように,前眼部の発育異常によって生じる緑内障は先天的な房水流出路の形成不全によるものであるので,早急に外科的な治療が必要である.

§  前房隅角の隅角鏡所見

 隅角鏡で前房隅角を観察すると,隅角線維柱帯は角膜と虹彩根部が接する部位で,Schwalbe線から隅角陥凹の底までの間に存在する.そこは軽度に色素が沈着しているので,角膜後面の色調とは明瞭に区別できる.
 毛様体帯は毛様体にメラノサイトを持つので,隅角陥凹の底から線維柱帯に中程に広がる黒色の帯状の層として観察される.正常に発育した隅角では,隅角陥凹が深く,毛様体帯は線維柱帯の幅の約半分に達する(1)
図01
1.正常成人前房隅角の隅角鏡写真.
線維柱帯はSchwalbe線から隅角陥凹底までに存在する.毛様体帯が線維柱帯全体の約半分を占めている.

§  前房隅角の組織所見

 前房隅角組織を光学顕微鏡で観察すると,隅角線維柱帯は角膜と虹彩根部が接する部位に,角膜最周辺部のSchwalbe線から隅角陥凹の陥凹底までに楔型に広がる組織として存在する.
 正常に発育した隅角では,隅角陥凹が十分に深い.隅角陥凹が十分深く発育していれば,線維柱帯組織のほとんどすべてが前房に面し,また毛様体先端部も広い範囲で前房水に接触することになる.
 線維柱帯を前部線維柱帯と後部線維柱帯に折半すると,Schlemm管は後部線維柱帯の側にある(2).前部線維柱帯は房水流出路としての意義は少なく,後部線維柱帯が房水流出路の主体で,経Schlemm管房水流出路とぶどう膜強膜房水流出路のいずれにとつても重要である(3)
図02
2.正常成人前房隅角組織の光学顕微鏡写真.
隅角陥凹が十分に深く形成されている.毛様体の先端部も広い範囲で前房水に接触している.Schlemm管は後部線維柱帯側に存在している.
図03
3.眼球摘出直前に前房内に赤血球を注入した後部線維柱帯の光学顕微鏡写真.
赤血球は後部線維柱帯に充満している.後部線維柱帯が房水流出路の主体であることを示している.

§  隅角発育異常緑内障の治療指針

 隅角発育異常緑内障は前房隅角の発育異常を基盤として発症するので,治療は手術が基本である.線維柱帯切開(トラベクロトミー),線維柱帯切除(トラベクレクトミー),または隅角切開(ゴニオトミー)などの手術を行う.隅角検査が可能な症例では,手術前に隅角陥凹の発育状態,毛様体帯の幅,虹彩突起の有無などを把握する.
 隅角発育異常緑内障早発型(牛眼)で角膜が浮腫性に混濁している場合には,術前に炭酸脱水酵素阻害薬をミルクに混ぜて飲ませ,眼圧をある程度下降させて,角膜の浮腫性混濁を軽減しておくことが望ましい.

§  隅角発育異常緑内障の臨床所見

 隅角発育異常緑内障早発型は出生直後から34歳ころまでに発症する.角膜がまだ比較的柔らかいうちに緑内障が発症するので,角膜径が拡大し,牛眼の状態になる(4).角膜径のみならず,眼球壁全体が拡大する.角膜が大きくなると,睫毛が角膜に触れやすくなり,流涙,羞明,眼脂を生じる.それに親が気づいて,眼科を受診する.眼瞼内反症と診断されていることもある.幼児では般に前房は浅いが,午眼では前房が深くなっている.注意深く観察すると,角膜にはDescemet膜の断裂のために線状の混濁がみられる(5).高眼圧の状態で経過が長くなると,視神経乳頭に緑内障性の陥凹を生じる.
 隅角発育異常緑内障晩発型では,眼球壁がほとんど伸展しないので,発見が遅れやすい.緑内障が発見されたときには,視神経乳頭の緑内障性陥凹が著明で,高度の視野障害を伴っていることが多い.たまたま眼底検査で視神経乳頭に緑内障性変化を観察した場合には,その時点で眼圧が高くなくても,眼圧の日内変動(日差)を測定してみる必要がある.

図04 図05

4隅角発育異常緑内障早発型(牛眼)の顔面写真.
両眼共に眼球が拡大して,見眼球突出のように見える.右眼が左眼よりも大きい.

5隅角発育異常緑内障早発型(牛眼)の前眼部写真.
角膜はDescemet膜の断裂を伴って拡大している.
 

§  隅角の発育

図06 図07 図08

6
胎生24週では 隅角陥凹の発育が不十分で Schlemm管の内前方にある.

7
胎生32週では 陥凹の発育が進み
ほぼ Schlemm管の位置にある.

8
生後1日では 陥凹は Schlemm管の外後方端にある.

 隅角線維柱帯,角膜前房隅角組織の発育は3つの要素からなる.つまり,隅角の開大,線維柱帯の発達(組織化),およびSchlemm菅の発達である.前房隅角の開大は,隅角陥凹が外後方に深くなって行くことで発達する.隅角陥凹とSchlemm菅との相対的な位置関係に注目すると,隅角陥凹は胎生6か月でSchlemm菅の内前方に位置する(図6).胎生8か月ではSchlemm菅の中央部に位置するようになる(図7).出生時には,隅角陥凹はSchlemm管のほぼ外後方端に位置する(図8)
 隅角の発達は4歳ころまでにほぼ完了する.隅角陥凹の完成に伴って,隅角陥凹と毛様体筋とが接近する.胎生8か月頃に隅角陥凹の後方に存在していた毛様体筋は,出生時には隅角陥凹の近くに位置して,隅角陥凹を幅広く占めるようになる.
 隅角線維柱帯の発育は隅角陥凹の発育状態と密接な関係にあり,隅角陥凹の発育に異常がある場合には,線維柱帯の発育も悪い.隅角陥凹が十分に深く発育してれば,線維柱帯の発育も良好である.

§ 隅角発育異常の程度と緑内障発症時期との関係

図09 図10 図11

9
隅角発育異常緑内障早発型(牛眼)(8歳男児)
隅角陥凹の発育が悪く,毛様体帯がまったく見えない.

10
隅角発育異常緑内障晩発型(若年緑内障)(22歳男性)
隅角陥凹の発育が悪く,毛様体帯がわずかに見える程度である.虹彩突起も多い.

11
原発開放隅角緑内障(64歳男性)
隅角陥凹の発育が悪く,毛様体帯がわずかに見える程度である.虹彩突起も多い.
 

 隅角発育異常緑内障は隅角発育異常の程度が重篤であればあるほど早く発症しやすい(9101112). 隅角発育異常の程度が低ければ,緑内障の発症が遅いか,もしくは発症しない.隅角発育異常は隅角陥凹の発育状態から読みとれる.隅角鏡における隅角発育状態の指標として,毛様体帯が見えるか否か,その幅が線維柱帯全体のほぼ半分に達しているかで判断する.毛様体帯がまったく見えない場合は重度の発育異常,毛様体帯が見えても,線維柱帯の幅の半分以下では軽度の発育異常と判定する.虹彩突起の多寡も隅角発育異常の指標になるが,虹彩突起そのものは房水流出の直接の障害にはならない.

図12

12隅角発育異常緑内障の前房隅角模式図
   A隅角発育異常緑内障早発型(牛眼) B隅角発育異常緑内障晩発型(若年緑内障) C原発開放隅角緑内障
   Aは隅角発育の重度異常を,BとCは隅角発育の軽度異常を示す.緑内障の発症が早いものほど隅角発育異常が重篤である.

§ 虹彩実質低形成

図13 図14

虹彩実質低形成に発症した隅角発育異常緑内障

 虹彩実質低形成は神経堤細胞に由来する前眼部の形成異常である.ここに示す症例は,虹彩実質低形成患者13歳の時の前眼部写真と隅角写真である.虹彩前部実質の低形成のために瞳孔括約筋が虹彩表面から透見できる.隅角では,隅角陥凹の形成が著しく悪く,毛様体帯がまったく見えない重度の発育異常を示している.本症例は初診時から16年後の29歳で両眼に緑内障を発症した.

 おわりに 

 近年,原発開放隅角緑内障の遺伝子異常として,TIGR遺伝子(trabecular meshwork-induced glucocorticoid response protein gene)が明らかにされ,また視細胞の結合線毛(connecting cilium)に発現する遺伝子myocilin(MYOC)TIGR遺伝子と同じものであることが報告された.
 従来先天緑内障と呼ばれていた隅角発育異常緑内障早発型や晩発型だけではなく,原発開放隅角緑内障に遺伝子異常が発見されたことの意義は大きい.隅角とくに隅角陥凹の発育異常は,線維柱帯の形成不全を意味し,緑内障を発症しやすいということである.すなわち,隅角に発育異常があれば,経Schlemm管房水流出路と経ぶどう膜強膜房水流出路のいずれにも異常がある.
 さらに,虹彩実質の低形成,Axenfeld-Rieger症候群,Peters奇形などの前眼部間葉異発生に関係する遺伝子座も明らかにされている.このような前眼部間葉異発生は神経堤細胞に関連する.前眼部組織の形成異常は神経堤細胞の遊走,増殖,分化の異常によって起こる.前眼部に発育異常が認められる場合には,隅角さらに線維柱帯にも形成不全があることを示唆している.
 以上のことから,原発緑内障は基本的に眼球とくに前眼部の発育異常であるといえる.

引用:猪俣 孟.OCC JAPAN K.K.1999