静脈閉塞

網膜静脈閉塞()  retinal vein occlusion  Venenthrombose

§ 概 念

網膜静脈閉塞は,基本的に動静脈交叉部において動脈の圧迫で発症する静脈の通過障害血栓形成いっ血である.
動静脈交叉部の病理変化(交叉現象)は動脈硬化性変化として重要であり,網膜静脈閉塞は人口の12%に発症するとのことである.また有高血圧では,発症の危険度が45倍と見做されているほか,静脈血栓形成にはストレスによる内皮障害も考えられている.網膜静脈の線維素溶解活性は低いため,血栓ができやすく溶けにくい,とされる.
また,血管変形や圧迫をもたらす局所要因に緑内障を指摘する報告がある. 写真で確認 】 

§ 診 断

交叉部での両血管は共有外膜という たが をはめられているので,動脈硬化性変化による機械的な圧迫で網膜静脈は容易に内腔の狭窄が起こる.血流には乱流が生じ,内皮が損傷される.これらにより,血流のうっ滞・静脈内圧の亢進・血管透過性の亢進・溢血が起きる.静脈の拡張・蛇行,網膜表層出血・浮腫(黄斑浮腫)が観察されるほか,動脈側にも平行する血行異常が考えられている(動物実験で静脈だけをいじっても発症しない)
網膜血管はおおむね動静脈1本ずつのセットが灌流単位となる.分枝同士に機能的・生理的な吻合(言い換えると,周囲への分流)がないことで,静脈閉塞により灌流領域が容易に溢血する.
閉塞箇所により 本幹 で発症するものと 分枝 におこるものとがあり,本邦では 110 程 とのことである.

図 01 図 02
  1. 網膜静脈分枝閉塞(branch retinal vein occlusion,BRVO)

    乳頭から3乳頭径以内に好発し,中心窩を含むことが多く,視力が低下しやすい(逆に中心窩を含まないRVOでは,自覚に乏しい).閉塞領域の静脈は拡張し,網膜表層出血は火炎状の,やや周辺部や網膜深層出血は斑状の出血となる.血管の分布には区画(受け持つ血流範囲)があり,その分枝ごとに独立した灌流系であり動静脈がセットになっている.領域を越えて血流のやりとりは起きないため,閉塞部から末梢での受け持ち灌流域の静脈血がうっ帯し,発症する.
    区画を潅流する動脈に閉塞が続発すると虚血性の所見が主体となり,閉塞がわずかであると透過性亢進すなわち浮腫性・出血性の所見が主体となる.
    網膜静脈分枝閉塞は必ず交叉部で発症する.本症の6090%に高血圧が合併しているとされ,交叉現象の所見の型として KeithWagener分類の IIb群 に位置付けられている.

     ◇ 動静脈交叉部は,通常は静脈が動脈の下をくぐる形である.この為に静脈は動脈の圧迫を受けやすい,と理解されてきた.ところが,
    OCTによる血管の観察が可能になると,➀動脈の下をくぐる静脈は,下方にシフトする.➁動脈をまたぐ静脈は,内境界膜に挟まれる. ➂静脈の上下によるBRVO発症はほぼ同数,との報告がある(2018).なるほどね,
    交叉部は,動脈をまたぐ静脈のほうが窮屈なんだ.その所為で,BRVO発症は静脈が上を通るパターン(venous overcrossing)が多くなるんだ.さらに,
    より広い網膜無灌流領域を生じ,抗VEGF薬投与環境においても網膜新生血管発生をきたす,といわれる.

     ◇ OCTによる観察では静脈内腔は閉塞していない(2013),とのことである.上の報告でも同様の記載があり乱流の発生を示唆している.
    FAで層流を見ていると,強い交叉現象部でも意外にキレイに通っているけどね.

     ◇ 罹患静脈の受け持ち区画,とは.
    網膜循環障害は支流単位で発症する.なかなか全容を見渡す機会はないが,よくみると動脈が境界になっていることがわかる.本来の血流方向を閉ざされた静脈血がどこへ向かうはずか,という観点でバイパス形成が説明できる.

     ◇ 中心窩領域の灌流は,❶黄斑乳頭へ直通する黄斑静脈,❷黄斑静脈枝へ合流する黄斑分枝,をチェックする.更に ❸下流部分すなわち乳頭近傍,を含め血行を想定し,閉塞した時の中心窩への影響を評価する.
    ということで灌流域を表現するために傍黄斑静脈と言ったりする.
    右の写真では,①黄斑静脈は閉塞静脈と系統が違うこと,②黄斑周囲の主要静脈枝は下耳側静脈が受けていること,により黄斑循環は被害が少ないと解釈できる.

  2. 図 03
  3. 網膜中心静脈閉塞(central retinal vein occlusion,CRVO)

    網膜中心静脈が視神経乳頭内を通過する部分(本幹)で閉塞を起こし,網膜側に溢血したもの.乳頭内閉塞の原因として,通常は動脈硬化高血圧による静脈血栓でよいだろう.網膜面と同じく乳頭内でも,網膜中心動脈と網膜中心静脈が接触・並走する部分では外膜を共有している.このことが,静脈が動脈圧の影響を被り易くしている.時に緑内障が危険因子と言われ,視神経乳頭の形状・血管の屈曲が疑われる状況もある.
    強いうっ血・浮腫を生じる.乳頭は充血浮腫状,血管内圧が上昇,内皮細胞障害が強くおこる.乳頭から放射状に火炎状出血がみられ,網膜静脈は強度に蛇行する.網膜も高度の浮腫となる.多くで視力障害が強く,程度の差はあるが毛細血管閉塞を続発し,虚血網膜により新生血管が発生しやすい.

    本症の約40%に高血圧が合併しているとされ,年齢も90%は50歳以上で静脈血栓であるが,若年性で内皮障害・血管炎型を示すものがある.

    部は乳頭内で起きた分枝閉塞と解釈できるが,その他の病態は分枝閉塞よりも多様であるらしく,血管周囲の病変,静脈自身の内腔障害,篩状板から眼外において静脈圧が上昇してもうっ滞・溢血がおこる(例えば,眼窩静脈あるいは上眼窩裂や海綿静脈洞病変などで発症する).眼球内部はフラスコのように定の容積であり,眼内圧・動脈圧・脳圧などが微妙なバランスになっているためである.

  4. )分類 【 乳頭部・視神経内の網膜中心動静脈の模式図は こちら 】 
    1. 閉塞部位(罹患範囲)

      ①分枝閉塞.②半側閉塞.③本幹閉塞.

      ここでは半側閉塞の機序の解釈が面白い.RVO発症の責任部位が篩状板よりも末梢(遠位)か篩状板より中枢(近位)か,つまり網膜面では①分枝閉塞となり,篩板部の奥では③本幹閉塞となる.血管分布には個人差(variation)が大きいということで,中心静脈の合流点の位置(模式図 参照)で半側の分枝か本幹の片割れかの解釈になる,ということである.
      血管構築の解釈を発展させると,網膜面での静脈うっ滞では乳頭部は潅流域からはずれる.対して篩状板関与の静脈うっ滞では上流(周囲)のすべての毛細血管が影響を受ける,要するに乳頭浮腫の有無ということになる.螢光眼底造影所見にあてはめると乳頭部の透過性亢進(過螢光)について,分枝閉塞ではみられない,本幹閉塞ではみられる,ということになる.

    2. 特にBRVOで;

      ①虚血型,②出血型

      新鮮例での出血量の過多を評価することがある.ただし血液がかぶった状態では分からない.RVOを含む網膜血管病変の治癒の姿とはdryになること,要は血流が止まれば ・・・

    3. 特にCRVOで;

      その昔,世を風靡した分類(Hayreh 1976)があった.①venous stasis retonopathy と ②hemorrhagic retinopathy である.
      ①静脈うっ滞網膜症は静脈の循環障害,②出血性網膜症は静脈の循環障害に動脈の障害が加わったものとして,治療や予後・合併症などが検討された.その後(1983)それぞれ①nonⲻischemic type と ②ischemic type(hemorrhagic retinopathy) とに名を変えて,現在に至っている.ただし糖尿病網膜症その他の網膜血管病変を含め,虚血網膜(血管床閉塞)と増殖病変(血管新生緑内障)との関連が余りにも重要視され,血管床閉塞面積の大小で区別する解釈になっているようでもある.
      なお venous stasis retonopathy は先行する1963年の報告(Kearns & Hollenhorst)があり,混乱を避けRVOでは使用しない.

  5. )そのほか

     ◇ 切迫閉塞 impending occlusion:閉塞が起こりかかって(impending)いるかのように解釈できそうな所見を指す.急に(urgent)発症する意味ではない.

     ◇ いわゆる交叉現象の延長としての静脈分枝閉塞は,若年では存在しない.血管炎型で分枝閉塞もどきになる場合は,動静脈交叉部とは無関係に生じる.まれに凝固系・線維素溶解系の血液性状の異常が関わる.全身系疾患や使用薬剤の副作用の可能性もある.

参照 エッセンシャル眼科学 第8版 308ページ:網膜静脈閉塞症

【  網膜血管の炎症は こちら  】 

§ バイパス形成―静脈血流の抜け道閉塞静脈の運命

網膜血管は終動脈であることから,基本的に動静脈が(平面を)交互に分布する血管パターンとなる.要するに静脈周囲は毛細血管網動脈に囲まれ,閉塞静脈の抜け道はない(ようなもの).このことから,閉塞静脈以外の経路つまり,拡張した毛細血管を経由したり動脈を乗り越えて隣の静脈に連絡が付けばバイパスとして働き,血液循環の平衡が戻ってくる可能性がある.いわば,自然治癒の型である.ただし,これには少なくとも年単位で時間が掛かる.慢性期の段階に至ったものを,陳旧性という.

図 04図 05

ということで,静脈血の流出路について罹患静脈の周囲を見渡してみると,①閉塞部周囲,②隣接領域,③縫線部(中心窩周囲を含む),④最周辺部,が候補になろう.このリモデリング/血管再構築には,①動静脈,②静静脈,の形があるが,その確認には蛍光眼底造影が適任である. 高解像写真 】 
近年ではOCTⲻAにて,非侵襲的に画像が得られるようになった.③のようなショートカットは網膜深層に形成される,ようである.

  静脈閉塞は視力障害を伴い易く,急性期から通院する患者さんに対して半年9か月を無治療で過ごすには忍びず,何らかの治療を加えてしまう.この症例のように,無治療の慢性期での血管病像を確認できるのは少数である.

§ 慢性化

血管閉塞に伴い虚血が生じる(低酸素応答)とVEGFの発現が亢進する.房水フレア値との相関がみられるほか,多様な炎症性サイトカインが硝子体中に証明されている.さらに白血球を遊走させ血管壁への接着を促すことで血流が低下し,微小循環障害・虚血・透過性亢進の悪循環が生じる.新生血管をきたす基である.

§ 治 療

本症は年単位にわたる長期戦となることが少なくない.よって,急性期の対応と慢性期の状況により治療が組み立てられる.慢性期(陳旧期)の問題とは合併症であるから,急性期の治療目標は合併症の予防にある,とも言える.これにより治療開始は早いほど良い.
透過性亢進・いっ血の結果が浮腫・出血である.このうち視力予後にかかわる所見は,黄斑浮腫による中心窩視細胞のダメージと胞化である.視細胞レベルで組織構造が失われていたり,胞様黄斑浮腫の存在など,OCTで観察すると目瞭然で,がっかりする.
血流が滞ると閉塞静脈領域での毛細血管閉塞が起こりやすくなり,網膜新生血管が発生する(増殖網膜症).新生血管は,眼内循環障害の代表的な合併症で,本症のほかに糖尿病網膜症が典型である.眼底網膜に生えた新生血管は硝子体出血を招く.前眼部とくに前房隅角に新生血管が発生すると眼圧が上昇し,血管新生緑内障となり,難治である.すなわち視力予後を左右するもうつが,新生血管である.

図 06

網膜の代謝異常は,硝子体の加齢変性を促進させる.黄斑部硝子体境界面が肥厚・硬化する (黄斑上膜 である)

般には3か月ほどは保存的手段と言われるようであるが,根拠はない.そもそも,スタートラインの発症時点が特定できない.保存的 conservative とは般臨床では薬剤治療を行うことになる.これはRVOの場合何もしないこと ⇒“自然経過に等しい(conservative姑息的と訳したほうが当を得ているのは確か)
積極的・手術的 operative surgical なアプローチが,観血的には硝子体切除であり非観血的にはレーザー光凝固 photocoagulation である.
レーザー光凝固 治療は罹患網膜を凝固・瘢痕化させる処置で網膜循環の負担を軽くし,新生血管の発症を抑制する.すなわち,網膜出血の吸収促進,黄斑浮腫の軽減のほか,増殖網膜症・続発緑内障の予防を目的とする(黄斑上膜を加速させるデメリットもある).おおかたで,浮腫型より虚血型のほうがレーザー治療によく反応し,視機能保存がよい.
観血的には硝子体切除を,さらにラジカルには外膜開放(BRVO)や鞘切開(CRVO)を行う.強力に推奨する術者がいて,公称結果もすばらしいが ・・・・・

囊胞浮腫への対応は,副腎皮質ステロイド薬が有効である場合がある.抗VEGF薬 による透過性亢進・増殖反応の抑制効果も期待されている.
黄斑上膜への対応は硝子体切除手術を行う.いずれにしても
所見の改善,視機能の維持・改善,合併症の抑制などを満遍なく(同時に)結果を出すことは難しい.

§ 血栓から閉塞へ
図 07

以前は血栓症 thrombosis,現在は閉塞症 occlusionと呼んでいるが,病名はともかくとして血行停止が起きているのであろうか.静脈閉塞発症の重要な基礎疾患が高血圧・動脈硬化である.この場合,内科的には全身の静脈還流不全の存在による影響が重要視されている.
かねてより静脈閉塞症のFAにおいて,循環時間(網膜,網膜内)の遅延・延長が指摘されてきた.いずれも静脈系のうっ滞を示唆するもので,静注部右心,眼内の静脈系網膜中心静脈右心,に原因があるとされている.さらに分枝閉塞で,交叉部 (閉塞部)の中枢側(下流側)に有意な過螢光部(内皮障害によると考えられる血管壁組織染)が観察されることが多い.
これらにより,津波が河川を遡上する如く(例えが適正かは別として)大静脈のうっ滞の影響が逆行して行き着いた所が交叉部直前であり,本来の責任部位である,と説明する研究者もいる.

§ 交叉部での病態

図 補

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