視機能を代表するものは形態覚としての視力 visual acuity であるが,我々の視機能の一部分でしかなく必ずしも日常の見え方を代表するものではない.視力そのものに不確定要素が数多く存在し,測定条件を規定しても再現性の高い客観的な臨床的評価を行うことは大変難しい.
一般に形態覚は,最小視認閾,最小分離閾,最小可読閾,副尺視力などで構成されていると考えられているが,臨床で用いられている視力は,高コントラストの視標を用いた最小分離閾(あるいは最小可読閾で代用することもある)で評価する.最も条件の良い高コントラスト視標での判別可能な最小切れ目で求めているのは,最も小さい空間周波数の値である.
対して,ちらつきの弁別可能な最も短い時間周波数がフリッカーである.
輝度が時間経過で変化するような状態,フリッカとか残像現象でのかかわりが,時間周波数特性(時間的分解能 temporal resolution)である.
時間情報に関する正弦波入力・出力の関係により,振幅時間周波数特性と位相時間周波数特性からなる.振幅時間周波数特性は時間周波数と正弦波入出力の振幅比との関係を表わし,t-MTF(temporal modulation transfer function)と呼ばれる.この場合,視標を正弦波的に変化させ,時間成分である周波数と輝度成分である視標のコントラストの二要素を測定する.
コントラスト感度は閾値変調度の逆数となる.周波数ごとに明暗の振幅(コントラスト)を変化させ,明暗のちらつき(フリッカ)が消失するコントラストの限界値を求める.
周波数は,低い点滅頻度ではちらつきを感じるが,ある限界より高いと平均化された輝度の連続光に感じられる.コントラストの変調値を固定し,周波数を変化させてちらつき(フリッカ)が消失する限界を示したのが臨界融合周波数(CFF:critical fusion frequencyあるいはcritical flicker frequency)である(眼科用語では『限界フリッカ値』.単位 Hz).神経節細胞の機能を反映し,特に一過性に応答し伝導速度の速い M cell系 が関与すると考えられている.
眼科臨床でのCFF値は,固視点で測定した 中心 CFF値 と,視野の各部位にて測定した フリッカ視野 とがある.
コントラストを一定とすることから透光体(角膜混濁・白内障・硝子体出血など)や屈折の影響を受けにくい.
■中心CFF
CFFは時間周波数の高域端を求めたもの(限界フリッカ)で,視標輝度・視標面積の対数に比例する.これにより視中枢までに伝達される光量・インパルス量を示すことで,視神経のインパルス伝導障害,あるいは大脳中枢の活動水準をよく反映する.正常は40〜50Hz,下限は35Hzである.
影響する因子は,①点滅光の明るさ(明るいほど上昇),②暗順応,③瞳孔サイズ,④年齢,⑤疲労,等.
・視神経(神経節細胞の軸索)の器質病変ではCFF値は大きく低下する.また,視神経炎の発症初期では視力低下に先行してCCF値が低下し,回復期では視力が正常値になってもCFF値は戻らないことが多い,とか,慢性期のLeber視神経症では視力低下にもかかわらずCFF値は良いことがある,とか ・・・・・
・小さな変動は大脳の活動水準を示す.これを応用すると眼精疲労の判定ができる.例えば40Hz→38Hzでは-5%,36Hzでは-10%の変動率となる.一般に,-5%では作業継続に支障あり,-10%では作業が困難である,と判断する.中枢性疲労現象での変動は±20%の範囲とのことである.
・応答の持続時間は錐体のほうが杆体より短い.黄斑障害によってもCFFに影響することになる.
■フリッカ視野
測定点で周波数を求める方法(一定のコントラストで周波数を変化させる)とコントラスト感度を求める方法(一定の周波数でコントラストを変化させる)がある.一種の静的測定.
網膜感度の評価には視野の各部位にてCFF値を測定する.つまり時間分解能の分布を示したもので,網膜神経節細胞から外側膝状体に至る経路への侵襲状態を反映する.特に中心視野については定番の Goldmann視野計では中央のscopeという構造上のハンディがある.これをカバーするひとつとしてフリッカ視野計が工夫されている.この手法は視神経症,視交叉症候群,緑内障などの中心視野障害の検出に有用であるとされる.
日常の視環境は暗所や薄暮状態から明所まで変化し,目標物の細かさやコントラスト(明暗,あるいは色)も様々である.そのため近年,視標サイズだけでなくコントラストも考慮したコントラスト感度測定や低コントラスト視力の重要性が高まっている.
これらに対応する日常の視覚をより現実的・定量的に評価する手段が,空間周波数特性(MTF:modulation transfer function)の概念である.光学系でいう MTF とは伝達能力を示し,物体のコントラストが光学系を通過した後どの程度低下するかで性能を評価する.このとき用いる視標が,正弦波格子縞である.
(光学系とは,カメラのレンズ等のことで眼球では屈折系の特性に相当する.)
空間周波数 spatial frequency は縞の細かさをあらわし,単位長(視覚1度)あたりの縞の(繰り返し)数となり,縞の間隔を w度とすると周波数 u=1/w(cycles∕degree,cpd)となる.
一方,
視覚系の場合は認識という心理的要素がある.すなわち,空間周波数と平均網膜照度を変えずにコントラストを変え,格子縞として知覚できる限界(一定の平均輝度でコントラストを下げていくと最終的に縞が認知できずに一様なパターンになる)を弁別閾値・コントラスト閾値 contrast threshold,コントラスト閾値の逆数がコントラスト感度 contrast sensitivity である.
視覚系のコントラスト感度特性(CSF:contrast sensitivity functionコントラスト感度関数)を表示する場合,通常横軸に空間周波数(cpd),縦軸にコントラスト感度(あるいは閾値)を対数目盛で表示したものを視覚系の MTF(コントラスト感度曲線)としている.
(「縞が見えた」「見えない」という認識の“ばらつき”が出るが,繰り返して測定し平均化する.)
我々の視覚では,低周波数域と高周波数域で低下した山型(band pass)のMTF特性を示している.要は粗い縞模様や細かい縞模様は見えにくく,約
左下がり(low cut)部は網膜系の,右下がり(high cut)部はレンズ系の特性とのことである.
低空間周波数での感度低下は神経的原因による.高空間周波数での感度低下は光学的原因による.下の例では,緑内障では低周波域で低下が起き,白内障では高周波域で低下が起きる.
低周波数域での感度特性は側抑制 lateral inhibition のためで,側抑制に因り縞模様の明暗(エッジ)が強調されて認知される周波数であれば感度がよく,受容野が広く刺激されるとコントラストが低く認知される.低周波部を受け持つのは Y細胞すなわち M cell系 である(これにより「動態視 motion vision」に関わる).
高周波数域は視力で規定される.視力『1.0』とは視角1′(縞間隔が2′)であるから,空間周波数は
空間コントラスト感度関数は帯域透過型(band pass)である.また,情報処理に複数のチャンネルが存在する.
☞☞ 【
M 系・P 系】
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縞(格子)の明暗をsine curveで変化させ格子の間隔(波長)を狭くしたとき,かろうじて識別できる格子の幅で表わした視力.
近年では空間視覚の基本的な限界の一つとして,最小分離視力を評価する手法となっている.
中心窩では,視力限界は主に錐体の間隔によって決定される.格子を正確に認識するため縞の明部分と暗部分が別々の錐体に当たること,すなわちサイクルあたり2個の錐体が必要である.
中心窩錐体は中心間の距離が約0.5'(2.5㎛)のサイズとして,1サイクル1′の縞を分離できることになる(小数視力 2.0).
さて一方で,
神経節細胞1個の受容野は1個の錐体で決定され,隣接受容野との距離は錐体視細胞同士(中心-中心)の距離に因る.間に刺激されない1個を挟んだ視細胞の中心間の距離は4〜5µmとなり,1.0〜1.2に相当することになる.
臨床で用いられている検査器械は, A;3 cycles/degree, B;6 cpd, C;12 cpd, D;18 cpd の空間周波数でチェックする.徐々にコントラストを下げた8段階で視標で,2列のうち上下いずれかの縞を認識できた最大の番号をつないで,評価する.なお,チャートの中には縞の無い番号もある.
白内障(左)と緑内障(右)の例.白内障では高周波域で低下が起きる.緑内障では低周波域で低下が起きる.
我々の見ているものは,大小・明暗さまざまである(聞こえている音も強弱・高低いろいろ).これを周波数分析し,整数倍の三角関数の和(正弦波の集まり)で表わす理論がフーリエ変換・フーリエ逆変換である.
光学系の周波数特性HO,神経系(網膜―大脳)のそれHRにより,
視覚系全体ではHA=HO×HRと表わされる.
一般のカメラレンズなどの伝送特性は高周波数ほど減衰し,細かいものになると解像が悪くなる.眼球の光学系にも当てはまるそうである.
通常のMTF検査では,光学系と神経系の合成をみているが,よりピュアな網膜―大脳系のMTF測定のために,光学系の影響を受けないような縞模様の投影にレーザー干渉縞がある.これは透光体混濁があるときの予想視力の評価に用いる.
透光体の混濁などで,散乱光が生じる.特に軸外光源による散乱光のかぶり ~ まぶしさでコントラストが低下する.
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散乱には光源方向に反射する散乱と,進行方向すなわち網膜方向への散乱とが生じる.光の波長と粒子の大きさで散乱のパターンがあるらしいのだが ...
▩ Rayleigh(レイリー)散乱:
▩ Mie(ミー)散乱:
▩ Tyndall(チンダル)現象:
拡散:反射や透過での光の散乱.粗い表面から反射した光線は反射の法則に従わず,さまざまな方向に散乱する(拡散反射).同様に,ある種の材質を透過した光線は屈折の法則に従わず,媒質中で散乱する(拡散透過).
散乱:固体,液体または気体の微小粒子によって,光がその方向を変えられること.