乾燥感 dry eye |
vs. |
流 涙 epiphora |
乾燥感 は
眼が乾く,不定愁訴群と考えられる.
「しょぼしょぼ」とか「くしゃくしゃ」「ぱさぱさ」する,などの表現と共に「熱感」が加わる.
流 涙 は
いわゆる「涙目」.
涙の分泌過剰の場合の“hyperlacrimation”と,排泄障害が原因となる場合の
涙液減少の際にも流涙感を生じることがある(偽流涙).
■ドライアイ
ドライアイとは,涙液と眼表面上皮の相互作用が慢性的に障害され,表面の粘膜(角膜および結膜の上皮)が異常をきたした状態の総称である.
基本病態は「不安定な涙液層」に因る,という表現が用いられる.すなわち ❶量の減少,❷蒸発の亢進,❸表面張力の上昇,❹角結膜上皮の親水性低下,が四大原因と考えられる.
症状は「慢性の不快感」として,目の疲れ,目が重い,目が熱い,目の異物感,目が充血する,流涙など様々であるが,角膜神経が痛覚過敏状態にあるとされる.また,
直接的に「目が乾く trockene Auge」という表現で訴える人は意外に少ないらしい.安定性の低下を引き起こす,眼表面の不足成分を評価することが治療の中心となる.
■涙液の質的診断は, |
涙液層破壊時間:BUTの動画 | |
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Schirmer試験紙 | 綿糸の製品 |
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■涙液の分泌量低下と上皮細胞障害の診断
ⒶSchirmer 試験(I法)は,一定規格の“ろ紙”を下眼瞼の縁(外側近く)に垂らし,涙液でぬれた長さを計る.原法は無麻酔である.基礎分泌+反射分泌で,基礎分泌減少を反射分泌亢進で補っていることも少なくないと言われる.
基礎分泌を中心に見るために,点眼麻酔の併用を勧める研究者も多い(変法).
5分間で 10mm以上 が正常,5mm以下 は涙液分泌減少.
Ⓑ同様の目的に設計された綿糸を用いる方法もある(綿糸法).
結膜囊内の貯留涙液量を糸の濡れた長さで測定する.分泌量ではない.
15秒間で 20mm以上 で正常,10mm以下 は貯留涙液減少.
角膜上皮の欠損部を染色する.
角膜・結膜上皮の変性部,あるいは mucin で覆われていない(グリコカリックス破綻部の)角結膜上皮を染色する.
rose bengal より毒性が少ないとのこと.
■涙液障害
ドライアイは,涙液量が減少しているもの(涙液減少型ドライアイ)と涙液の蒸発が亢進しているもの(蒸発亢進型ドライアイ)に大別する.
①涙液減少型ドライアイ
文字通り,涙液の量的な問題である.乾性角結膜炎
涙腺の自己免疫疾患である Sjögren症候群 に因る.リゾチーム蛋白が特異的に減少する,とのことで,易感染性のリスクがある.球結膜の杯細胞は減少するが,瞼結膜では増加する.
そのた,抗コリン薬投与,LASIK後,ストレス,加齢,糖尿病 等で起こる.
②蒸発亢進型ドライアイ
涙液の質的な(ムチン層や油層膜の)問題である.眼球乾燥症
油層膜←Meibom腺,ムチン層←杯細胞,であるから蒸発亢進といっても責任部位はそれぞれ,となる.
油層異常を蒸発亢進型,ムチン層異常を不安定型(涙液保持不良型・水濡れ性低下型),とする説明もある.
油層異常:
Meibom腺機能不全(meibomian gland dysfunction;MGD)に因る.腺導管の過剰角化や導管内の油脂貯留がみられる.腺細胞の異常も指摘されている.
眼表面(≒ムチン層)異常:
結膜の瘢痕(または角化),杯細胞の減少・消失に因る.
StevensⲻJohnson症候群,眼類天疱瘡,化学薬品による腐食,アトピー性角結膜障害,トラコーマ,放射線障害などで,ムチン層の異常がおこる.
ビタミンA 欠乏や栄養失調でも同様の変化となる.
その他のムチン層異常:ストレス,喫煙などに因る.
閉瞼障害:顔面神経麻痺や眼瞼瘢痕によるものが多い.夜間兎眼も結構多い.
瞬目減少:VDT〔visual display terminals〕作業に伴う眼疲労の要因.
コンタクトレンズ:油層が乱れる.
その他の生活環境:エアコン使用,パソコン(いわゆるVDT)作業
■瞬目時の摩擦亢進:結膜弛緩症,上輪部角結膜炎,糸状角膜炎,lid wiper epitheliopathy(上下眼瞼結膜縁の特異な上皮障害),など.ドライアイでの自覚症状に関連する.
■Meibom腺機能不全(MGD;Meibomian Gland Dysfunction): 原因部位として腺開口部の閉塞 (plugging:Meibom腺梗塞)と腺細胞の異常がある. 眼瞼の立場では„眼瞼炎“に関係し,慢性眼瞼炎の原因菌としてグラム陽性のアクネ菌(嫌気性桿菌;Cutibacterium acnes)や表皮ブドウ球菌(好気性細菌;Staphylococcus epidermidis)は,汗腺・皮脂腺を含む最も一般的な皮膚常在菌であり,抗菌薬治療の対象になっている. 涙液の立場では„ドライアイ“に関係する.
機能不全というが,分泌減少型と分泌増加型との双方が存在する.
■ドライアイ症状での中枢の関与:眼表面だけでは説明できない眼痛そのたの症状に対し,中枢感作状態にある,とする研究者もいる.涙液だけ対象とするのは片手落ちで,ドライアイを慢性頭痛として捉える,ということだ.さらに,
眼精疲労や睡眠障害との関連など,日常の生活の質(QOL)への影響が注目される.
■VDTデスクワークとドライアイ
以下により,大体が蒸発亢進型のドライアイと考えられる.
・瞬目回数の著明な減少(端末作業中の瞬目回数は,前方視安静時の
1∕3
に減少)が観察されている.
・平常より広い開瞼(大きく目を開ける)状態
・コンタクトレンズ使用者はドライアイ発症のリスクは 3.6倍とのこと.涙液メニスカスの低下をきたす.
・長時間,同じ姿勢での作業
・空調環境
・女性は男性の 1.6倍以上
・ などなど
これらは
眼精疲労
ともオーバーラップすることになる.
■性ホルモンとドライアイ
ドライアイは女性に多い.
涙腺や Meibom腺の分泌は,男性ホルモンの作用による.アンドロゲンが減少するような状況(加齢,閉経,経口避妊薬,妊娠)で眼表面が変調を起こす.
女性ホルモンの影響は研究者で意見は一致しない.エストロゲンは Meibom腺の分泌を減少させる.
■コンタクトレンズとドライアイ
ハードレンズでは“3時ⲻ9時ステイン”を,ソフトレンズでは“スマイルマーク”などを生じる.ハードレンズとソフトレンズでは角膜上皮障害のメカニズムが違い,瞬目に伴う涙液とレンズの動きが異なるため,といわれる.
一般には SCL のほうが乾燥感が出やすい.
①HCL と比べ,油層が不安定で蒸発量が多い.②含水量が減りやすい.③酸素交換の能率が劣る,などの理由によるといわれる.
HCL ではフィッティング不良による不完全瞬目のため,涙液交換が充分でないことに注意するべき,とのことである.
■近年,眼部への影響を酸化ストレスの面から対応するスタンスが勧められている.
■生活環境因子とドライアイ(Cont Lens Anterior Eye. 2021 Jan 20)
高齢,女性,東アジア民族,長時間のデジタルスクリーン曝露がドライアイの危険因子で(いずれもP<0.05),カフェイン摂取量の高値が防御因子であった(P=0.04).
■アレルギー性結膜疾患とドライアイ
ドライアイ患者の涙液中IgEが高値だったとのこと.
■杯細胞
■移植片対宿主病 〈GVHD:graft versus host disease〉
造血幹細胞移植後に発生する自己免疫反応.急性GVHDはリンパ球浸潤による偽膜性角結膜炎,慢性GVHDは涙腺・杯細胞など眼表面の線維化・瘢痕化などによるドライアイをきたす.重篤例では角膜穿孔など.StevensⲻJohnson症候群や眼類天疱瘡に類似する所見.
■ドライアイの概念
▒ ドライアイの定義と診断基準の改訂(
日本眼科学会)
Ⅰ.定義(2016年
ドライアイは,様々な要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがある.
Ⅱ.診断基準
涙液層破壊時間(BUT) 5秒以下,かつ自覚症状(眼不快感または視機能異常)を有する.
また加えて,角膜の知覚異常(低下 ∕ 過敏)の存在が注目されている.
Ⅲ.涙液層の破壊パターン分類:
パタン | 型 | 主な異常層 |
random break | 蒸発亢進型 | 油層 |
line break | 涙液減少型(軽~中度) | 油層 |
area break | 涙液減少型(重度) | 油層 ∕ 上皮 |
spot break | 水濡れ低下型 | 上皮(膜型ムチン) |
dimple break | 水濡れ低下型 | 上皮(膜型ムチン) |
rapid expansion | 水濡れ低下型 | 上皮(膜型ムチン) |
◎ドライアイの分類
A.涙液分泌減少型ドライアイ
1.Sjögren症候群
1)原発性Sjögren症候群:自己免疫性炎症
2)続発性Sjögren症候群:RA,SLE,DM,SSC,Wegener肉芽腫症などの膠原病に合併.
2.単純型ドライアイ(非Sjögren
1)涙腺機能不全:サルコイドーシス,リンパ腫など
2)導管障害
3)神経麻痺(反射性分泌の低下):加齢,糖尿病,長期のコンタクトレンズ使用,角膜および白内障手術後など
4)内服薬(抗コリン作用薬;抗ヒスタミン薬,βブロッカ,向精神薬,抗痙攣薬など
B.涙液蒸発亢進型ドライアイ
1.内因性
1)油層減少:MGD
2)眼瞼/瞬目関連:甲状腺機能亢進による眼球突出,兎眼症
3)薬剤起因
2.外因性
1)ビタミンA欠乏
2)点眼薬/防腐剤
3)コンタクトレンズ装用
4)眼表面異常(BUT短縮型
C.環境要因
1.内的要因
1)瞬目減少:パソコン作業(VDT症候群を含む),顕微鏡作業,習慣
2)瞼裂幅:視線の向き
3)加齢/男性ホルモン欠乏
4)内服薬:
2.外的要因
1)乾燥
2)送風
3)職場環境
■流涙 overflow / Tränenausfluß
分泌性流涙:すなわち過剰分泌.
三叉神経刺激は,結膜炎や睫毛の刺激,角膜異物や角膜上皮剝離などの場合で,羞明を伴う反射性分泌となる.副交感神経刺激は,群発頭痛群の短時間持続性片側神経痛様頭痛発作の反射性流涙や抗コリンエステラーゼ点眼の作用がある.そのた,網膜への過剰光刺激や顔面神経刺激で起こる.
感情の変化や冷風に当たるなどを含めた精神的・反射的流涙は,原疾患以外ほとんど治療の対象にならない(軽度狭窄があるにせよ
実際に排泄障害である場合と,そうでない「不定愁訴群」とがある(むしろ涙の少ない場合も少なくない).
導涙性流涙:すなわち通過障害は,狭窄・閉塞が起きている器質的なものと機能的なものとがある.
機能的導涙障害は,眼瞼外反,顔面神経麻痺,結膜弛緩症,などで起こる.器質障害では,涙点,涙小管,涙囊,鼻涙管のいずれも原因となる.
✔ Krehbiel flow:瞬目後の涙液の急速流.特に,余剰涙液の排出機構とのこと.
☆涙道狭窄・閉塞
・先天性:
先天性鼻涙管閉塞(新生児涙囊炎 dacryocystitis neonatorum )
鼻涙管の鼻腔開口部での閉塞は,先天性にみられることがある.眼脂・流涙を主徴とし,結膜炎と誤られることがあるが,結膜の炎症所見はない.別名,新生児涙囊炎というが,通常涙囊部の発赤・腫脹はない.膜様遺残物のためで,ブジーを通すことで治癒する.
・後天性:
通常の加齢変化,あるいは結膜炎・涙囊炎の後遺症,涙小管炎,外傷性涙小管断裂,など.
鼻涙管閉塞があると,涙囊洗浄で洗浄水の逆流をみる.閉塞部位は鼻涙管の涙囊寄りが多い.
✔ 慢性涙囊炎(chronic dacryocystitis):鼻涙管の排泄障害があるとき,涙囊内で細菌が繁殖したもの.
✔ 急性涙囊炎(acute dacryocystitis):慢性涙囊炎に続発(急性増悪)した涙囊周囲炎(蜂巣炎).涙囊部の発赤・腫脹があり,疼痛を訴える(特に内側靱帯より下).
2025