生体のタンパク質や酵素の合成にかかわる単位となるもの,または,親から子へと遺伝する,あるいは,細胞から細胞へと伝えられる性質(„形質“ trait)を決定する生体の „設計図“.個体は一対の遺伝子を有し,いずれかひとつが配偶子を通じて子に伝えられる.
全遺伝情報の一揃いがゲノム genome である.ヒトでは常染色体22本と性染色体(X,Y)が相当する(核ゲノム).
遺伝物質の本体はDNA・デオキシリボ核酸であり,4種類の塩基の並び方(シークエンス(sequence)/配列)が遺伝子コード(情報)である.ヒトゲノムDNA32億塩基
特定の遺伝子の場所(位置)を „座“ locusという.
▣ ゲノムの本来の意味は,1n(1 配偶子あたり:卵子または精子に含まれる 23 の染色体に相当)に含まれる遺伝情報のことであった.遺伝情報は,細胞核内の 染色体 及び細胞質内の ミトコンドリア 内に格納され,核ゲノムとミトコンドリアゲノムを区別する.
最小単位は,核酸塩基・糖・リン酸の3つの成分で構成されるヌクレオチド nucleotideと呼ばれる単位の繰り返し.
4種類の核酸塩基,『AとT』『CとG』とはそれぞれ等量ずつ含まれペア(塩基対)となり,二本リボンとなっている.二本鎖DNAはさらにねじれて二重らせん double helixと形容される.細胞分裂の際には,
DNA のX線回折像(1950ころ)が二重らせんの発見(1953)につながった.
染色体46本の発見は1956年である.
二本鎖DNA はヒストンタンパクに巻き付き,ヌクレオソームとしてクロマチン構造の最小単位となる.ヒストンの塊1個には146~7塩基対DNA が1.67回転巻き付き,ヌクレオソームとなっている.ヒストンは DNA に結合するタンパク質の大部分を占め、ヒストンと DNA の重量比はほぼ 1:1 とのことである.さらに梱包された状態がクロマチンである.
一連のヌクレオソームは,さらにらせん状(solenoid model)に折り畳まれて径30nm のクロマチン線維を形成する.クロマチンは,省スペースの仕掛けだけでなく構造をダイナミックに変化させることで,発生や分化における遺伝子発現を巧妙に調節している,とのことである.
30nm線維は細胞分裂間期での基本構造となる.
▣ 多細胞真核生物のゲノム情報は,ユークロマチンとヘテロクロマチンに分かれて核内に格納されている.ヒトでは約250種類といわれる細胞は基本的には同じゲノム情報を持っているが,細胞ごとにDNAの折れ畳まり方が違い,異なった種類の遺伝子をそれぞれの組織や臓器で発現させる仕掛け,となっている.
ユークロマチン(euchromatin)は,構造が緩んでいてDNAはむき出しになり転写活性化状態にある領域をいう.ヘテロクロマチン(heterochromatin)は,転写抑制状態で高密度に詰込まれている領域をいう.
これらのゲノムDNA はヒストンに巻きついた状態でさらに高次な構造へと„梱包“される,と表現する.細胞が分裂する際には,それぞれのDNAからなるクロマチン糸はさらに凝縮して,太くて短い染色体になる.染色体とは,ヒストン・非ヒストン蛋白に DNA が巻きついた状態,ということになる.
細胞内にあり,普段はクロマチン線維として核の中に分散しており,細胞分裂時に凝集して光学顕微鏡的に観察できるようになる„ひも状“のものである. 中央付近でくびれていて(セントロメア),短い部分(‛p’;短腕)と長い部分(‛q’;長腕)とに分かれる.セントロメア領域には有糸分裂の際に紡錘体が結合しキネトコア(動原体)が形成される.
ヒトでは人種を問わず23対46本から成る.サイズやセントロメアの位置などから A~G に群分けされ,大きいほうから番号が振られている.生命維持の為に重要なのは,より大きい染色体のほうである. 【 ☞ 追加の絵 】
ゲノムの実体として個々の
男性は『46,XY』,女性は『46,XX』と表わす.
▣ X染色体と比べてY染色体はかなり小型で,Y染色体ではX染色体で発現する遺伝子数の十分の一前後である.両者はもともと一対の相同染色体であったが,進化の過程で相同部分の大半が急速に失われたと考えられている.
▣ 性染色体の核型にかかわらず,妊娠初期に形成される原始生殖腺は胎生8週頃までは未分化で性差はない.Y染色体短腕にあるY染色体性決定領域遺伝子(sexⲻ 遺伝子は染色体上に並んでいる.片方の親由来(半数体)の一つの染色体上のDNA配列をハプロタイプ(haploid genotype)という.多くの場合,そのままの形で子供に受け継がれるが,染色体の組換えにより断片化し,世代を経るごとにハプロタイプはDNA多型を示す.
通常は対のうち片側が 有効 である. 細胞分裂時にはDNAを複製する.体細胞分裂では染色体数は変わらない(2n:diploid)が,生殖細胞にみられる減数分裂では染色体数が半減(n;haploid)する.これにより,体細胞分裂では二倍体細胞が生じ,減数分裂では一倍(単倍)体細胞が生じる,と表現する.
【 ☞
細胞分裂 】 接合して新しい個体を作る生殖細胞が配偶子である.配偶子の種類は,対になっている染色体のどちらを選ぶかで2通り,23本では 2²³通りの配偶子が形成されることになる.親は二人いるので,さらにその2乗,ざっと 7×10¹³ 通り !
a.タンパク質を作る.
タンパク質が作られることを,遺伝子が発現するという.基本的には,体のすべての細胞がすべての遺伝子を持っている.体の各パーツをつくるためにはそこで必要な遺伝子を発現させ,そうでない遺伝子は発現しないように厳密に調節されている.必要な部分の DNA配列(鋳型)が mRNA にコピー(転写)され,アミノ酸の認識(翻訳)を経てタンパク質が合成される.各遺伝子には蛋白に翻訳されない転写調節領域が存在し,そこに転写制御因子がつくことによって,各遺伝子の転写が制御される.転写制御因子には促進因子と抑制因子がある.
転写は“プロモータ”で始まり“ターミネータ”で終わる.転写を触媒する酵素はRNAポリメラーゼで,これには多くのタンパク質が関与する.転写制御因子が遺伝子の上流のエンハンサー配列に結合し,同時に,プロモーターを読み取ることによって転写が開始される.プロモーター部に結合したRNAポリメラーゼは,DNAの二重らせんをほどきながらDNA上を滑り、二本鎖のうち鋳型となる鎖の塩基の配列を読み相補となる塩基配列(mRNA)のチェーンに転写される.
転写直後の mRNAには遺伝情報の領域(エキソン/エクソン)とタンパク合成を管理・制御する(情報のない)領域(イントロン)が含まれる.イントロンの除去がスプライシングである.プロセシングは開始部と終了部に目印構造を付加することとスプライシングにより,プロセシングが終了した mRNAは核外へ出る.
翻訳領域は“開始コドン”で始まり“終止コドン”で終わる.‛AUG’=メチオニン,というようにRNAに転写され,ひとつのアミノ酸を決定する3つの塩基セットがコドン codonである.タンパク合成の場がリボソームである.
リボソームには mRNAが付着し,アミノ酸を持ってくる tRNAがコドンを認識し,おもに rRNAがアミノ酸を連結してペプチド鎖を作る.
▣ DNA情報からタンパク合成の流れは万物共通,として, セントラルドグマ と名付けられた.
b.自分と同じものを作る(DNA を複製する.
らせんをほどいて複製を始めるポイントが複製起点である.多数あり,どこからスタートさせるのか,などの制御は解明途中にある.鎖が延びる方向は一定(5' → 3')であるので複製起点から逆方向では短く(フラグメント)合成され最終的に継ぎ合わされる.
複製は DNAポリメラーゼによるが,同時にエラー訂正がかかる.
c.変わる.
・修復する.損傷あるいは複製のミスは個体の生存を危うくする.修正に働くのが誤対合修復系である.複雑な修復系酵素に依る.
・生殖細胞が分裂する時,組み替えがおこる.DNA再編成は環境に適応するような進化のメカニズムに関わる(変異がなければ進化のしようがない).一方で,染色体構造異常を起こす元でもある.
タンパク質はDNA情報に基づいて合成(翻訳)された後,さらに修飾されることで活性や機能が調節される.
翻訳後修飾 post−translational modification には,リン酸化,糖付加,脂質修飾,アセチル化,ユビキチン化などがある.これらにより,遺伝子発現,細胞骨格形成,細胞接着,情報伝達,細胞周期の進行・分化が行なわれる.
▣ 「リン酸化 phosphorylation」「脱リン酸化 dephosphorylation」
リン酸化酵素 protein kinase・脱リン酸化酵素 protein phosphatase は
細胞周期 cell cycleや
情報伝達 signal transduction ∕ 代謝経路 metabolic pathwayでの中心的調節因子で,生命反応の最も基本的な部分のひとつである.
・グルコースが細胞内に入ると,ATPによってすぐにリン酸化され第1段階のグルコース6ⲻリン酸となる(解糖系).
・サイトカインや増殖因子の作用発現に関与する.ERK
・視物質はリン酸化により不活化されリサイクル(すなわち暗順応)の過程をとるが,網膜色素変性ではこの辺のプロセスに支障がある.言ってみれば,常に光入力がある状態,ということになる.
▣ ユビキチン化 ubiquitylationとは修飾系によって,特定の標的タンパクにエネルギー依存的にユビキチンubiquitinタンパクが結合する反応のこと.ユビキチン化は,細胞生存・分化,自然免疫/獲得免疫を含む多くの生理機能で重要とされる.ユビキチン化されたタンパクは,プロテアソームによって分解を受ける.一方,ユビキチンとその基質タンパク間,またはユビキチン鎖中のユビキチン間のイソペプチド結合を切断する加水分解反応を脱ユビキチン化という.ユビキチンⲻプロテアソーム系によるタンパク分解は細胞周期制御,シグナル伝達,免疫応答といった多くの生物学的プロセスの制御にかかわっていることが報告されている.
DNAに結合し近傍の遺伝子発現や転写の促進・抑制に関わるタンパク質
・基本転写因子:プロモーター領域を認識してDNAに結合し,RNAポリメラーゼの目印となる.
・転写調節因子(上流転写因子):転写開始点の上流(プロモーター)に結合し,転写促進/抑制を行う.
・誘導型転写因子:
ヒト遺伝子は原核細胞から変異・淘汰を経て,40憶年かけて現在に適応する形となった. 一応,これらを進化と称している.その結果,同じ遺伝子でもその配列は人によって異なることになる.大多数の平均的な遺伝子は „野生型(正常)遺伝子“,新しく発生した変異は „変異型遺伝子“ と理解される.これらがバリアントである. 通常はこれが疾患として認識され,疾患の原因となる DNA の配列変化を変異,疾患を起こさない配列変化を多型と呼び,罹患か非罹患かを表すことになる.
哺乳類はすべて父親と母親に由来する一対(2n;相同染色体)のゲノムを持っている.従って常染色体上のすべての遺伝子座に一対の
対立遺伝子
があり,通常それらはともに発現して個体の発生や生体の活動を調節している.実際には一方の対立遺伝子だけが発現する遺伝子座があり,父親・母親のいずれに由来するかで遺伝要素の発現が異なる現象が生じる.つまり何らかの形で遺伝子に父親・母親の„しるし“あるいは„記憶“がマークされ,そのしるしに従って子での遺伝子発現が生じる.これがゲノム刷り込みである.
刷り込みによって,父親由来あるいは母親由来のときだけしか発現しない遺伝子群があることで,体細胞で父性または母性の対立遺伝子で発現が違い,ゲノム間の機能差が起こる.また正常発生には双方由来のゲノムが必須である.哺乳類に♂・♀の存在が欠かせない所以となっている.
一方で,次に親になるときには一旦インプリントが消去され,つづいて配偶子形成過程で新たなインプリントの獲得が起こる.
▣ PWSは,染色体15q11-q13領域の父性発現遺伝子の機能喪失により発症する.約75%が欠失(上記インプリンティング領域の欠失),約20%が母性片親性ダイソミー(一対の第15染色体が共に母親に由来する状態),そのたに起因する.
▣ ASは,染色体15q11-q13領域の母性発現遺伝子UBE3Aの機能喪失により発症する.欠失,父性片親性ダイソミー,変異などに起因する.
→遺伝子組み替え ・・・・・・・・・ 医療への応用
→特定遺伝子の増幅 ・・・・・・・ 診断への応用
→特定塩基の変異作成 ・・・・・ 疾患の動物モデル
→特定遺伝子の修復 ・・・・・・・ 遺伝子治療
▣PCR法[polymerase chain reaction ポリメラーゼ連鎖反応法:
極少量のDNAやRNAの特定の配列を倍々で増幅複製させる手法.ただし,PCRで直接増幅できるのはDNAで,RNAでは一度DNAへと変換(逆転写)し,得られたDNAを鋳型としてPCRを行う.RNAでの一連の過程を,RTⲻPCR(reverse transcription polymerase chain reaction)逆転写ポリメラーゼ連鎖反応という.
mRNAと相補的な塩基配列をもつ一本鎖DNA.
mRNAなどを鋳型として逆転写酵素を用いて合成する.
DNAのコドン(遺伝情報)を転写する.
mRNAの遺伝情報を解読し,アミノ酸をリボソームに担送する.
アミノ酸を連結する触媒.
No. | 英語 | 日本語 | |
(改訂後) | (改訂前) | ||
1. | genetics | 遺伝学「意味:遺伝と多様性の科学」 | 遺伝学「意味:遺伝の科学」 |
2. | variation | 多様性(バリエーション) | 変異(彷徨変異) |
3. | mutation | 変異(突然変異) | 突然変異 |
4. | variant | 多様体(バリアント) | 変異体 |
5. | mutant | 変異体(突然変異体) | 突然変異体 |
6. | locus | 座位 | 遺伝子座 |
7. | allele | アレル(アリル,アリール) | 対立遺伝子 |
8. | genotype | 遺伝型 | 遺伝子型 |
2025