遺伝子異常や発生(胎児期環境)異常に基づく,受精卵からの発生途上で正常に発現できなかった形態・機能・代謝に生じる諸問題(疾患).
染色体の数・形態の異常を伴わない,DNAトリプレット塩基の変異.通常,単一遺伝子の異常に因り,常染色体優性遺伝,常染色体劣性遺伝,X連鎖劣性遺伝,などの疾患となるが,複数の遺伝子が関与すると考えられる疾患も少なくない.
染色体の数・形態(構造)の異常を示すもの.常染色体異常と性染色体異常とがある.精子形成あるいは卵子形成時の染色体不分離あるいは異常交換,または受精後の卵割時の染色体異常が原因となる.遺伝子量の変化が中心となるが,機能異常もある.必ずしも遺伝している訳ではない.
個人レベルで,ゲノム塩基配列(DNAを構成する4つのヌクレオチドの組み合わせ)は少しずつ異なっている.血液型や髪の毛の色など,ありふれた遺伝子のバリエーションのことを遺伝子多型という.
非常に珍しいゲノム塩基配列のバリエーションの場合は多型とはいわず変異という.
単一遺伝子異常 monogenicによる疾患は,1 つあるいは 1 対の変異アレルによって起こる “Mendelの法則” にしたがって遺伝する.これにより遺伝形式は,
ⅰ)常染色体優性( autosomal dominant )遺伝
ⅱ)常染色体劣性( autosomal recessive )遺伝
ⅲ)X連鎖( X-linked,伴性)優性遺伝
ⅳ)X連鎖( X-linked,伴性)劣性遺伝
ⅴ)Y連鎖遺伝
となる.
Mendelの法則の本質は,一
ある遺伝子について2つの 対立遺伝子(アレル) が同じ塩基配列であるのがホモ(同型)接合体,異なった塩基配列同士であるのがヘテロ(異型)接合体である.一般にヘテロ接合体は,変異遺伝子を持ちながら変異による表現型を呈さず,保因者 carrierである.遺伝子は対立遺伝子の一方で機能するから,他方に異常があっても発症せず劣性遺伝が基本となる.
ⅰ)常染色体優性 autosomal dominant
原因となる遺伝子2つ(対立遺伝子)のうちどちらか一方が変異することで,その形質が発現する(疾患としては,ヘテロ接合体とホモ接合体とも発症する).
遺伝子の変異は親から受け継がれる場合と,新生突然変異によって起こる場合がある.親からの場合,罹患者は少なくとも1人の罹患した親をもつ.罹患者が正常な者と結婚すると,その子供は平均して罹患者と正常者が同数である.すなわち,親が罹患者で子供が発症する確率は,男女にかかわらず50%である.親が罹患者でも子が非罹患者の子孫は正常である.
常染色体優性遺伝でも浸透率が低かったり表現度の差異が大きいと,家系図では一見,常染色体優性遺伝とみられないこともある.
✔ ハプロ不全 haploinsufficiency: いくつかの遺伝子では,片方の変異していない(野生型)遺伝子の機能だけでは不十分で遺伝子機能欠損の表現型が現れる(優性遺伝する)現象を生じる.ハプロ不全は遺伝子のヘテロの変異によって起こり,遺伝子の量的な不足が原因である.
✔ 機能獲得型変異 mutation:変異遺伝子より生成された異常産物が新たな機能(しばしば病的作用)を獲得する.あるいは,本来の機能を増強する活性型変異もある.
✔ ネガティブ効果 :変異遺伝子より生成された異常産物が正常産物の作用を阻害する.
ⅱ)常染色体劣性 autosomal recessive
原因となる遺伝子2つの両方が変異した場合(ホモ接合体)に,その形質が発現する(疾患としては,機能喪失により発症する).
変異遺伝子を1つもつ場合(ヘテロ接合体)は表現型は正常であるが,その形質のキャリア(保因者)となる.これにより両親がともに罹患者である子は全て発症する.正常な両親から罹患者が生まれた場合は両親とも保因者(ヘテロ接合体)であり,平均して子の25%は罹患(ホモ接合体),50%は保因者(ヘテロ接合体),25%は正常である.罹患者と保因者との子供の場合,平均して50%は罹患,50%は保因者である.罹患者と正常遺伝子型との子は全て保因者である.
男性も女性も同様に罹患する.また罹患者は保因者である両親から生まれる同胞にみられ,通常,前後の世代にはいない.世代を超える可能性により罹患者によって初めて家系のなかに疾患が現れることがしばしばある.
▶►▸ ヒトは劣性変異遺伝子を平均10個保有していると推定されている(carrier,保因者).変異遺伝子を有しながら,その変異による表現型を呈さない個体をいう.保因者は発病しない.
常染色体優性疾患において,未発症へテロ接合体(asymptomatic heterozygote)を,トランスミッター(transmitter;伝達者)ということがある.
X連鎖劣性疾患では,女性保因者で発症(多くの場合,男性発症者より軽症)する場合があり,マニフェスティングキャリアー(manifesting carrier)という.
ⅲ)X連鎖遺伝 X-linked inheritance
X連鎖遺伝では,原因となる遺伝子がX染色体上にあるため,男性では優性劣性に関係なく変異遺伝子を受け継ぐと発症し,受け継がなければ発症しない
(男から息子への伝達は生じない).母親の形質が息子に,父親の形質が娘に伝わる遺伝現象が十文字遺伝 criss−cross inheritanceである.しかしながら,変異遺伝子をもつ女性が発症するかは推測が困難な場合もある(X染色体不活化のパターンに依存).
通常,X染色体上の遺伝子の遺伝様式に於いて,伴性という.
a)X連鎖劣性
X 染色体上に位置する遺伝子は,男性では正常または異常,女性では正常,保因者,異常のいずれかとなる.これにより,
ほとんど全ての罹患者は男性である.女性の場合,この疾患が発症するには両方のX染色体が異常な遺伝子をもたなければならない(ホモ接合体).
その形質がヘテロ接合体の母親を通して伝えられるなら,その母親は通常,表現型としては正常である(キャリア).キャリアの女性はその形質を息子の50%に伝える.キャリアの女性の娘は罹患することはないが,50%はキャリアである.すなわち,キャリア女性の次世代は正常男児:罹患男児:正常女児:保因者女児=1:1:1:1 である.正常女性と罹患男性との次世代は男児であれば全員正常,女児であれば全員キャリアである.
b)X連鎖優性
非常にまれであり,女性の場合は1つの異常な対立遺伝子(ヘテロ接合体)をもつだけで罹患する.ヘテロ接合体罹患女性の次世代は正常男児:罹患男児:正常女児:罹患女児=1:1:1:1である.すなわち子供の性別にかかわらず半数に疾患を伝える.ホモ接合体の女性は子供の全てに形質を伝える.また,罹患男性の次世代は男児であれば全員正常(X染色体は受け継がれない),女児であれば全員罹患となる.
通常,女性よりも男性のほうが重い症状を呈する.男性にとって致死性疾患でないかぎり,男性に対して2倍の女性が発症する.色素失調症(
c)X染色体不活化
X染色体不括化とは,女性のXX染色体のうち一方が活性化され機能し,他方は不活化されること.結果,男女とも活性型X染色体は1本となる.女性では,父親由来と母親由来のどちらのXが不活化されるかはランダムに決定される,とのことで,父親由来のX染色体が活性型になっている細胞集団(体組織)と母親由来のX染色体が活性型になっている細胞集団(体組織)があるモザイク状態となる.さらに頻度もランダムで,父親由来と母親由来とで必ずしも 1:1 にはならない.どちらかがより強く不活化される結果,X連鎖性疾患のヘテロ接合体女性の症状出現に差(偏り skewed X)が生じることになる.
一般によく知られているX連鎖疾患のうち,30%は変異遺伝子をもつ女性における浸透率85%以上のX連鎖優性,40%は浸透率 数%でX連鎖劣性,残りの30%は浸透率が15〜85%であり,優性とも劣性とも分類できないとされている.これは,女性ではX染色体量の補正のためX染色体不活化が胎生早期に行われるが,変異遺伝子をもつX染色体と正常な遺伝子をもつX染色体のどちらが不括化するか,その割合に発症が依存するためである.
ヘテロ接合体で発症する女性の色覚異常の理由になっている.
d)X染色体短腕遠位端付近は偽常染色体部と呼ばれ,X連鎖を示さない.
ⅳ)遺伝形式のリスク評価に影響する要因として,“浸透率” と “表現度”がある.
浸透率とは,変異遺伝子を受け継いでいた場合に症状を呈する割合がどの程度かという指標である.たとえば浸透率70%の疾患では,変異遺伝子を受け継いでいる個人に症状が現れる割合は70%であり,30%は生涯発症しない.ただし,浸透率は年齢に依存する場合があり,青年期には全体の数%しか発症しなくても,老年期までの浸透率は高くなる疾患がある.
表現度とは,症状の重症度を示す.たとえ同じ遺伝子変異を受け継いだ血縁者が発症したとしても,軽症の場合と重症の場合がある.このような場合は「表現度に差がある」という.浸透率や表現度は,各疾患により異なる.
ⅴ)対立遺伝子の片方の異常のために障害が起こるの(ヘテロ型での表現型)が „優性“,
両方の異常により障害が起こるの(ホモ型での表現型)が „劣性“ である.
ミトコンドリア独自の環状DNA(mt DNA)は,卵子の mt DNAだけが継承され,精子の mt DNAは次世代には関与しない(精子のミトコンドリアは,卵細胞の中で分解排除される).すなわち母系遺伝(maternal inheritance)である.
ミトコンドリアの主要な機能はエネルギー(ATP)産生である.
ミトコンドリア病 mitochondrial disease は,細胞内ミトコンドリアのエネルギー産生能が低下することに起因する病態であり,種々の酵素異常を基盤にしている.mt DNA の維持や複製に関わる蛋白の遺伝子変異やエネルギー代謝に関わる酵素や関連蛋白質の遺伝子変異などにより,呼吸によるエネルギー依存度の高い中枢神経・骨格筋・心筋の機能異常を生じる.網膜では視色素の光化学変化の過程に関与し,網膜ジストロフィをきたす.
原因は,核DNA (n DNA) にコードされた遺伝子変異による場合と mt DNA の異常による場合がある.これにより,前者には n DNA変異と mt DNA異常が同時に存在することになり核染色体の遺伝形式に従うことになるが,ミトコンドリア遺伝病という場合には一般に母系遺伝を示唆する.
通常は ミトコンドリア脳筋症 のカテゴリーとなるが,眼科的には,欠失による 慢性進行性外眼筋麻痺(いわゆる眼筋ミオパチー) や点変異によるLeber遺伝性視神経症 が中心.赤色ぼろ線維 ragged red fiberの確認は確定診断となる.
・ ▶►▸Lossenの法則:罹患女性が子孫に病症を伝える.男性を侵し,女性により遺伝される.男性はその病体を子孫に遺伝しない. ▶►▸北島の法則:罹患家系内で正常な女性はほとんどが保因者である. ▶►▸ミトコンドリアは細胞質の中に複製が多数存在する.同じ構造のDNAの場合にはホモプラスミー homoplasmy といい,正常型と変異型といった違う構造のDNAの混在はヘテロプラスミー heteroplasmy という.ヘテロプラスミーの程度(正常と変異の比率)は,個々の細胞ごと異なり,異常mt DNAの割合がある閾値を超えた場合に臨床症状が出現すると考えられている.
・慢性進行性外眼筋麻痺(chronic progressive external ophthalmoplegia;CPEO):
外眼筋麻痺と眼瞼下垂.mtDNA異常だけでなく,nDNA異常の報告もある.核DNAの異常による場合は常染色体性優性遺伝が多いが,一般的にmtDNA欠失は突然変異によるもので,大半(95%以上)で遺伝性はないとされる.
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多数の遺伝子 polygenicと環境要因の相互作用により発症すると考えられるもの.判別できる遺伝パターンを示すメンデル型に対し,家族性であるがはっきり予測できる遺伝パターンはもたない.現在,生活習慣病と呼ばれるものには,多因子遺伝病であるものが多い.
構造の異常と数の異常を示す.常染色体異常と性染色体異常とがある.
高度な異常は,基本的に個体発生(生存)ができず,要するに妊娠が継続できない.
その他,染色体の不活化や刷り込み現象といった機能異常がある.
2025