第 4 章   放 射 線 の 人 体 へ の 影 響 

 放射線の人体への影響は、被曝した本人に現れる身体的影響と被曝した人の子孫に現れる遺伝的影響の2つに大別される(表4 - 1)。このうち身体的影響は、被曝してから影響が現れるまでの期間(潜伏期)により、急性影響と晩発影響に分けられ、急性影響は潜伏期が比較的短かく、晩発影響は数ケ月〜数年の長い潜伏期を経て現れる。  また、被曝線量と影響の現れ方との関係から見た場合は、確率的影響と確定的影響(非確率的影響)とに分けられる。 同じ線量の放射線を受けても、1回に受けた場合と、少しずつ何回にも分けて受けた場合とでは影響が異なるが、これは回復作用が働くためである。 また、放射線を全身に受けた全身被曝の場合と、身体の一部だけに受けた局部被曝の場合とでは、影響の現れ方がちがう(図4 - 1)。   
                                          
           

表 4−1 放射線の人体への影響の分類

性影響

皮ふの紅斑

脱   毛

白血球減少

不 妊など

白 内 障

胎児の影響など

白 血 病

が   ん

遺 伝 的 影 響

代 謝異常

軟 骨異 常など

* 確定的影響: ICRP (国際放射線防護委員会)1990年勧告では、従来の

  「非確率的影響」の概念に対して「確定的影響」という用語を用いている。

 

1.急性影響

 一時に大線量の放射線を受けたときの急性影響は、放射線を受けた部位および線量によって異なった症状として現れる。γ(Χ)線を一時に全身に受けた場合の症状は、ほぼ次のようになる(表4 - 2)。250 mSv 以下の線量では臨床症状はほとんど認められない。 1.5 Sv 以上の被曝で現れる放射線宿酔の症状は二日酔に似た症状である。被曝後30日以内に50%の確率で人が死亡する線量(LD50 (30))はほぼ 4 Svと推定されている。

 

 表4−2 急性影響の症状と被曝線量との関係 (γΧ)線を一時に全身に受けたとき)

 

   被曝線量(グレイ)

     症          状

    .25以下

ほとんど臨床的症状なし

    .

白血球(リンパ球)一時減少

    .

 吐き気、嘔吐、全身倦怠、リンパ球著しく減少

    .

50%の人に放射線宿酔

    . .

3060日間に50%の人が死亡(骨髄障害)

    . 15.

1020日間に100%の人が死亡(消化管および肺障害)

  15.0以上

15日間に100%の人が死亡  (中枢神経障害)

   

図4−1 全身被曝と局部被曝

 全身被曝では放射線感受性 *の

 高い部位に現れる影響が問題と

 なる。 局部被曝では被曝した

 部位に現れる影響だけが問題となる。

* 放射線感受性による組織の分類

 

  感受性の高いもの

生殖腺 ,  骨髄 ,  リンパ組織 ,  脾臓 ,  胸腺 ,  胎児組織

  中程度のもの

皮膚 ,  ,  

  低いもの

, 筋組織 , 血管 ,  脂肪組織 ,  神経組織 ,  ,  唾液腺 , 

 

2.晩発影響

 晩発影響として、がん、白内障などが挙げられる。潜伏期間は被曝した器官・組織の種類、被曝したときの年齢、被曝線量によっても異なるが、数年から数十年に及ぶため放射線被曝との因果関係が不明瞭であり、自然発生のものとの区別が難しい。 白内障を起こす最低線量は、X線の1回照射では 6〜10Gy、潜伏期間は平均 2〜3 年である。 放射線被曝による発がんの確率は器官・組織、年齢などによって異なるが、ICRPは放射線防護上、10mSv を全身に 被曝した場合の致死性がんの発生確率を(作業者集団で)1万分の 4と推定している。これに対し、わが国における自然発生がんによる死亡の割合は、現在約 27%で、放射線被曝の有無 にかかわらず4人に1人はがんで亡くなる可能性があるということになる。

     

 図4−2 現在、わが国では、がんが死亡原因の第一位を占めている。

がんの発生にはさまざまな要因が関係しており、放射線も

その一つである。放射線によって発生したがんとその他の

原因で発生したがんとを区別することはできない.

3.確率的影響と確定的影響(非確率的影響)

 急性影響と晩発影響のうちの白内障などにはしきい値があり、しきい値を越えた放射線を受けた場合には、線量が大きくなるにつれて影響の程度(重症度)が重くなり、発生確率も大きくなる。このような影響を確定的影響という(図4 - 3)。これに対して、遺伝的影響と身体的影響のうちの白血病、がんではしきい値がなく、被曝線量が大きくなるにつれて影響の発生確率は大きくなるが、重症度は被曝線量に関係しない。このような影響を確率的影響という(図4 - 3)。 確率的影響はすべての臓器に発生する可能性があり、ICRP1977年勧告ではこの可能性の程度をリスク係数で表した(表4 - 3)。  ある程度の低い線量の範囲では、しきい値のある確定的影響が発生することはほとんどなく、確率的影響が重要な問題となる。

     * ICRPの1990年勧告では確率的影響の起こる頻度は線量に比例するという考えに基き、低線量、低線量率被曝における致死がん誘発率を「名目確率係数」として推定し、組織荷重係数についても見直しが行われた(表4 - 5)。

    

  図4−3 影響の程度(重症度)および発生確率と被曝線量との関係

  表4−3 1977年ICRP勧告で定められているリスク係数と荷重係数

 

  器官・組織   リスク係数 * 荷重係数 **   影    響      

  Sv -1  

 

生 殖 腺    4 ×10-3 0.25   最初の2世代(子と孫)に

  現れる遺伝的影響

赤色骨ずい    2 ×10-3 0.12   致死白血病の誘発

   骨    5 ×10-4 0.03 致死骨がんの誘発

   肺    2 ×10-3 0.12 致死肺がんの誘発

甲 状 腺    5 ×10-4 0.03 致死甲状腺がんの誘発

乳   房    2.5×10-3 0.15 致死乳がんの誘発

残りの組織    5 ×10-3 0.30 致死悪性腫瘍の誘発

合計

  1.00

 

* リスク係数が10 - 2 Sv - 1であるということは、1Svの線量当量をその組織が受けたときの影響

  の発生確率が100 人に1人の割合であることを示す。

** 実効線量当量は次式で定義される。

 

     HεWTHT

        т    

      Hε:実効線量当量, WT:組織Тの荷重係数, HT:組織Тの線量当量

表4−4 各組織・臓器の致死がん       

   誘発率(全人口集団に対する値)          

     ICRP1990年勧告            

 

組織・臓器

名目確率係数

(10-4 Sv-1

膀胱

骨髄

骨表面

乳房

結腸

肝臓

食道

卵巣

皮膚

甲状腺

残りの臓器

30

50

  5

20

85

15

85

  30 

10

  2

110  

  8

50

     合計        

500  

生殖腺   *

100  

*重度の遺伝性疾患の確率 

表4−5 各組織・臓器の組織荷重係数

ICRP1990年勧告

組織・臓器

組織荷重係数

膀胱

骨髄

骨表面

乳房

結腸

肝臓

食道

卵巣

皮膚

甲状腺

残りの臓器

生殖腺 *

0.05
0.12
0.01
0.05
0.12
0.05
0.12
0.05

-

0..01

0.12

0.05

0.05

0.20

     合計       

1.00

*重度の遺伝性疾患に卵巣がんを加えた荷重係数

 

表4−6 確率的影響に対する名目確率係数

生物学的効果

曝露集団

名目確率係数(Sv  - 1

致死的がん

致死的がん

重度遺伝的影響

重度遺伝的影響

成人労働者

全人口 

成人労働者

全人口

4.0×10 -  2

5.0ラ10 -  2

0.6ラ10 -  2

1.0ラ10 -  2

                                        

 4.遺伝的影響

 放射線による遺伝的影響の研究は古くから行われているが、今までに人間で放射線による遺伝的影響が発生したという事実は確認されていない。
                                          
 ICRPは動物実験の結果から両親のどちらかが10mSvの放射線を受けたとき、最初の2世
代(子と孫)に現れる重い遺伝的影響の発生確率は作業者集団で1万分の0.6と推定している (表4 - 6)。1982年国連科学委員会の報告によると、放射線被曝がなくても、出生児の10.5% はなんらかの遺伝的障害をもつとされている。1万分の0.6という値は、放射線以外のさまざまな因子による遺伝的障害児の発生確率、100 分の10.5 に比べれば極めて低い。
                                          
5.体内被曝

 体外の線源からの放射線で照射されることによる体外被曝に対し、体内に取り込まれた核種による被曝を体内被曝という。体内に入ったRIは核種によって血液あるいはリンパ液を通じて比較的均等に全身にいきわたるものと、特定の臓器に選択的に摂取されるものがある。
  3H、2 2Na、3 6Clなどは体内に平等にいきわたる代表的なもので、これらは全身被曝の作用を及ぼす。 一方、5  5Feや5  9Feは赤血球に、 4  2Kや1 3  7Cs は筋肉に集まり、そこで特異的に濃縮される。濃縮は他所よりも1000倍またはそれ以上に達することもあり、RIの集った臓器が最も被曝の影響を受ける。このような臓器は決定器官(critical   organ)と呼ばれる。
 体内被曝では臓器に摂取されたRIが次第に排泄されて1/2量になるまでの期間を生物学的半減期 Tbio (biological   half-life)といい,物理学的半減期 Tphy(physiological  half-life) と区別される。取り込まれたRIの放射能の実効半減期 Teff(effective  half-life)は生物学的半減期と物理学的半減期の双方の影響を受け,

     1/Teff =1/Tbio +1/Tphy

の関係がある。
 骨や肝臓などに摂取されたRIは一度入るとなかなか排泄されず、長期間残存するため寿命の長い核種では微量でも著しい作用を及ぼすことになる。

(1)骨障害

 骨や歯に摂取されやすい核種は  3 2P、4 5Ca、8 5Sr、 2 2 6Raなど数多く、向骨性核種(bone seeker)と呼ばれる。骨は比較的放射線に対して鈍感であると考えられているが、吸収率が高いので著しい作用を受ける。骨髄被曝による造血障害や骨萎縮、骨壊死、骨肉腫が発生する。
                                          
(2)肝障害

 肝臓に摂取される核種や化合物は数多く、そのうちコロイド状の粒子は排泄されにくく肝障害を起こしやすい。 Χ線造影剤、 2 3 2T h 0 2 (thorotrast)による肝障害や肝がんが知られる。
                                          
(3)甲状腺障害

  1 2  5 I、1 3 1Iや 2 1 1Atは甲状腺に選択的に取り込まれて甲状腺障害をおこす。 甲状腺 機能亢進症や甲状腺癌に大量の 1 3 1Iを投与すると甲状腺炎をおこし、機能低下をきたすことがある。
 

6.身のまわりの放射線

  日本人の1年間の一人当たりの総被曝線量は 3.75mSv、その主な線源は医療放射線 2.25mSv、自然放射線 1.48mSvである(図4 -  4)。

(1)自然放射線
 自然放射線による人体の被曝線量は、全地球上の住民についての平均値として、1年間につきおよそ1 - 2 mSv実効線量当量であると考えられている。  その線源は、宇宙線 、大地などから のγ線、人体内の自然放射性物質、主として空気中のラドンとその娘核種の吸入および食物に由来する4 0Kである。 これらの値は地域の緯度、高度、大地の成分、居住家屋の建材や構造などによって異なる。特に大地からの放射線は地域差が大きく、ブラジルやインドのある地方では1年間に 10 mSvを超えるところもあり、3 mSv以上の地域は珍しくない。   宇宙線による線量当量は高い所ほど大きく、平地の 0.3mSvに対して富士山頂では 0.7 mSvと2倍以上になる。

(2)人工放射線
      人工放射線に最も大きく寄与しているのは放射線診断や放射線治療による医療被曝である。
放射線診断の線量の大部分はX線診断によると推定されている。胸部のΧ線間接撮影では1回あたり 0.5〜1 mSvの線量当量を受け(実効線量当量で表すと、およそ 0.3 mSv)、胃のΧ線透視では 15 mSv程度の線量当量を受ける(実効線量当量で表すと、およそ4 mSv)。がんの治療には数千mSv 以上の線量当量の放射線をあてる。  その他、放射性廃棄物、核実験によるフォ−ルアウト(放射性降下物)などによる公衆被曝や職業被曝がある。

           

図4−4 日本人の環境放射線被ばく線量(mS v)

               (「生活環境放射線」原安協-231,1992)        

 

7.ICRP勧告と放射線障害防止法

 ICRP(国際放射線防護委員会)は放射線防護の基礎となる根本原則を検討し、その結果を
ICRP勧告として各国における放射線防護の関係機関、専門家に示すことを目的としている。 我が国では放射線審議会において、このICRP勧告の関係法令への取り入れが検討され、この勧告に基づいて放射線障害防止法など放射線防護に係る法令その他の諸基準が定められてきた。
 現行法令はICRP1977年勧告(Publication.26)に準拠したものである。 Pub.26では、放射線の人体に対する影響について、非確率的影響の発生を防ぎ、確率的影響を制限するための線量当量限度(職業被曝 50 mSv/年,公衆の被曝1mSv/年)を勧告している。1990年ICRPは放射線被曝の影響に関する最新の知見をもとに新勧告を発表した。 放射線のリスクのある種のものは、10年前の見積りに比べ実際は約3倍高いことが明らかになったためである。
 新勧告では職業被曝の線量限度が年間 20 mSvに引き下げられ、組織荷重係数の見直しが行 なわれた。 また、放射線防護システムとして

   @ 被曝をもたらす行為の正当化

   A 防護措置の最適化

   B 個人被曝の線量限度による制限

の3点の維持と強化をうたっている。 このICRP 1990年 勧告内容がただちに我が国の関連法令に取り入れられるかは定かではないが、放射線防護に対する考え方に大きな影響を与えることは確実である。   
 

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