第26回日本分子腫瘍マーカー研究会を終えて
外科 高見 博
癌を生化学的に診断しようとする試みは歴史が長い。かつて、癌反応という癌の一般診断法が出現し
たが、その 正診率の低さから忘れ去られてしまった。そして、新しく登場したAFP,CEAが癌学者に新し
い道を開いた。1970年代に入り、これらに腫瘍関連抗原の意義が明らかになるにつれ、「腫瘍マーカー」
という語が出現してきた。特に、1979年、英国では第7回ISOBM (International Society for Oncodevelopmental
Biology and Medicine) で”Tumor Marker1979”というタイトルが掲げられ、腫瘍関連抗原、酵素、異所性ホ
ルモンなどの多くの物質が報告され、脚光を浴びた。
当時、留学終えた小生はこの研究分野の必要性を認識し、1981年、慶應義塾大学外科阿部令彦教
授(当時)に相談し、国立がんセンター 石川七郎総長(当時)、金沢大学内科 服部 信教授(当時)と
ともに「腫瘍マーカー研究会」を設立した。
第1回研究会は慶應義塾大学外科 阿部令彦会長の下、演題22題、参加者98名であったが、第4回
の1984年には、演題65題、参加者426名に達した。研究会の記録集も作成されるようになった。第5回に
は石川七郎先生が主催されてきた「Functioning 研究会」と合体し、演題93題、参加者も500余名を数えた。
最近の腫瘍マーカーは、水平線のかなたにある西日のように思える。新しい技術の開発、それに基づく
臨床的有用性が明らかにされない限り、朝日は見られない。しかし、熱心な研究者はいるもので、今回も
価値ある議論がなされた。特別講演には日本癌学会の前日でもあるにかかわらず、今井浩三会長(札幌
医科大学学長)にお願いし、シンポジウムも「21世紀の腫瘍マーカー:リスク評価からプロテオミスクまで」と
した。
それらの内容の要約を記する。モノクロール抗体作製法が、1975年にセザール・ミルスタインら(ノーベル
賞受賞)によって報告されて以来、モノクロール抗体の研究は世界的に進展してきた。その第1号が、1997年
に悪性リンパ腫に対して認可されたCD20抗体である。以来、血液腫瘍に対する種々のモノクロール抗体が
登場したが、2004年に至り固形癌に対する血管内皮増殖因子(VGEF)抗体が欧米で認可された。日本でも
近く認可されるようだ。
上皮成長因子(EGF)受容体ファミリーに属するErbB2に対する抗体がある。この抗体は、単独で胃癌細胞に
アポトーシスを誘導することが確認されている。効果的な抗体の1つであるハーセプチンは、ERKやAktをブロッ
クして乳癌の細胞増殖を抑える。この抗体もJNKやp38経路を経て、カスパーゼ3,8を活性化することによりア
ポトーシスを起こすと考えられる。
近年、DNAの塩基配列自体に変化はないが、メチル化やヒストン修飾によって遺伝子発現が抑制されるエピ
シェネティクスと呼ばれる現象が注目されている。癌との関連でもp53関連遺伝子や、細胞周期のチェックポイ
ントにかかわるCHFRなどの遺伝子、癌細胞の浸潤転移にかかわるE‐カドヘリンなど、きわめて重要な遺伝子
群で高頻度にメチル化が生じていることがわかってきた。
重要な遺伝子のメチル化は、Wntシグナルが膜受容体Frizzledと結合してβ-カテニンの核移行を促すことに
より、標的遺伝子の転写を促し、細胞増殖を促進することが知られている。大腸癌症例では、このWntシグナル
伝達経路をブロックするSFRP遺伝子がメチル化され、胃癌についても活性型β-カテニンの蛋白質発現が認め
られており、SFRPのメチル化が示唆されている。遺伝子のメチル化の有無がそれらをオン・オフする機構として
きわめて重要といえる。