岩橋恒太さん
(2021年度入学 MPH1年コース)
1. 入学前の職業と、どんなことをしていたか簡単に教えてください
2015年から、主に首都圏のMSM(Men who have sex with men、男性と性交渉する男性)を対象に、HIVや性感染症など性の健康増進を目的とした活動を行うNPO法人の代表を務めています。
ゲイバーなどのMSM向けの商業施設に対するアウトリーチ型の介入の効果を評価したり、コミュニティの実態を把握するために健康行動科学に基づく調査を実施したりしています。さらに、HIV・エイズに関する政策提言を国や行政に対して行うほか、HIVや性感染症検査に従事する保健師を対象とした研修会を自治体と連携して開催するなど、入学前から公衆衛生に深く関わる仕事に携わってきました。自分では、「公衆衛生どまんなか」ともいえる仕事をしてきたつもりでした。
2. 帝京SPHへ行こうと考えたきっかけはなんでしたか?
SPHで公衆衛生を体系的に学びたいというのが、社会人になって年も40歳近くになってからの大学院進学の最大目的でした。
当初は海外のSPHも含めて進学先の候補を考えていたのですが、本格的に受験を考え始めたのが2020年だったため、新型コロナウイルス感染症の影響がまだ大きく、渡航や海外現地での学習が現実的ではない状況でした。
帝京SPHを選んだ一番の理由は、選びたいと思った1年制コースでありながら、医療系のバックグラウンドがない人でも対象となっていて、それまでの自分のキャリアや実務経験を評価してくれると感じた点です。
さらに、専門職学位課程をもつ大学院であることから、厚生労働省の教育訓練助成制度の対象となっており、学費のサポートが受けられることも大きな決め手となりました。
また、入学前から石川ひろの先生のお名前や研究内容を知っていて、ぜひ石川先生から学びたいと思っていました。入学時に石川先生が指導教員に決まったときは、とてもうれしかったです。
3. 帝京SPHで学んでいた期間の職場などでの身分を教えてください
帝京SPHで学んでいた2021年度も、引き続き現職のNPO法人の代表を務めていました。
当時はまだ新型コロナウイルス感染症の社会的影響も大きく、私達が運営する新宿二丁目のコミュニティセンターでは、感染対策をふまえた運営に加えて、街へのアウトリーチ活動など、東京都や新宿区保健所と協働した取り組みが増えていました。
私達は大きなNPO法人ではないので、NPO法人での実務と帝京SPHでの学び・研究の両方にフルコミットする日々が続きました。
「臨床疫学」の講義に向けた準備では、同じグループのメンバーと毎週オンラインミーティングを行っていました。仕事を終えた深夜に職場からZoomをつないだことが何度もあり、今では懐かしいです。医療職のメンバーも、そのときは夜勤の合間に接続して参加しており、お互いの大変さを分かち合ったりしていましたが、ディスカッションは毎回熱っぽいものとなっていました。忘れられない思い出です。
4.仕事・家事・子育てなどと学習の両立で工夫していたことがあれば教えてください
SPHの1年コースをこなしながら、フルタイムの仕事も並行してやりきれるー当初はそう思っていました。
しかし、残念ながら当時のパートナーとのパートナーシップは破綻しました(苦笑)
帝京SPHの2限の講義までの空き時間に、朝一で永田町の政党本部前に立ち、性的少数者への差別に対する抗議スピーチをしてから急いで十条に向かう…そんな日々を送っていたので、仕方なかったかもしれないです。
とはいえ、それは自分の不徳のいたすところ。もっと忙しそうな状況の同期たちが、家のことも含め、計画的に物事を進め、そつなくこなしていく姿をみて、「自分もそうなれたらなぁ…」と、羨望の眼差しを向けていたものでした。
でも、そんな不器用な自分のズッコケ話やちょっと恥ずかしい失敗談も、気取らずに話せる仲間が帝京SPHには何人もいてくれました。その存在が、激動の日々の中での、私のエアバッグでした。
アラフォーになっても、そうした友人ができたことは、本当にありがたいことだと感じています。
5. 帝京SPH修了後の進路について教えてください
現在も引き続き、NPO法人の代表を続けています。アドボカシーの領域では活動の幅が広がり、厚生労働省のエイズ動向委員会の委員を務め、国のエイズ対策の方向性を定める「エイズ予防指針」の改正にも参考人として関わっています。
この予防指針については、帝京SPHのヘルスポリシーの講義で分析・報告を行った経験が、実務にも役立ちました。
また帝京SPH修了後、2023年に日本エイズ学会の理事に選出され、2024年には第38回日本エイズ学会学術集会・総会の会長を務めました。
この大会の開催にあたっては、帝京SPHの先生方のご協力をはじめ、同期や後輩たちがボランティアスタッフとして運営を支えてくれました。みなさんが果たしてくださった重要な役割に感謝してもしきれない思いです。
さらに2025年には、アジア太平洋地域の国際会議であるAsia Pacific AIDS and Co-infection Conference(APACC)が東京で開催される予定で、そのローカルチェアを務めることになっています。
投稿された大量の英語アブストラクトを査読する場面では、帝京SPHでの疫学の講義で、毎週英語論文を読み込んだ経験が大いに役立ちました。
6. 現在の仕事(活動)で帝京SPHでの学びや経験で生きていることはありますか?
先述のように、自分では「公衆衛生のどまんなか」の仕事に携わっているつもりでいましたが、帝京SPHで5領域にわたる公衆衛生学を体系的に学んだことで、それまでのやり方がかなり自己流だったことに気づかされました。共同研究者から学んだつもりになっていた知識や方法も、今から思えば断片的であったり、基礎を飛ばして応用から入っていたりしたことを実感しました。
医療や健康に関わる研究者や臨床家とコミュニケーションを取るときに、帝京SPHで学んだ知識や経験が共通言語となって、会話のプラットフォームとして実務でもとても役立っています。
また、学びと同じくらい(もしかしたらそれ以上に)、帝京SPHで築けた人のつながりもかけがえのない私の財産です。卒業から複数年たった今でも先生方に相談させていただくことがありますし、同期とはHIVの検査会や東京レインボープライドパレードでのブース出展など、一緒に取り組んでもらえる関係が続いています。
7. 帝京SPHに入学を検討されている方へのメッセージをお願いします
もっと多くの、メディカルバックグラウンドをもたない人たちにも、公衆衛生の領域に関わってもらいたいと考えています。
エイズ領域では「community-led approach(コミュニティ主導型アプローチ)」という言葉がありますが、市民やコミュニティが主体となって意思決定や対策を進めていくことの重要性がますます高まっています。
仕事をしながら、あるいは医療職ではない立場で大学院に進学し、公衆衛生学を学ぶことは、勇気のいることだと思います。私も実際に行動に移すまで何年もかかりました。
何か変えたい、自分も変わりたいと、心では思っていても、今のコンフォートゾーンの引力は強いですよね。これは「現状維持バイアス」と呼ばれると、健康行動科学の講義で学びました。
でも思い切って一歩を踏み出して、ぜひ挑戦してみてください。
いざコースに入ってみると、課題の多さや、これまで取り組んだことのない分野の難しさに戸惑うことがあると思います。私も、特に生物統計学や疫学の講義では何度もその困難に直面しました。
そんなときには、「困っている」と発信する、自分の受援力を試してみてください。きっと先生方や院生の仲間が応答してくれるはずです。
そうして得られた人とのつながりこそが、帝京SPHで得た、私の財産です。