授業科目の概要

① 疫学
Evidence Based Medicine(EBM:根拠に基づく医療)は、過去の疫学的研究等の成果を体系的に利用することで現在の医療行為を評価し、より適切な医療を指向するための技法です。医療に関連した知見が証拠(エビデンス)となるためには、集団における結果として示されることが必須です。倫理面での考慮が必要な人間集団での結果の提示においては、データの収集や解釈における専門家としての高度な技能および正当な注意が求められます。そのために、疫学の方法論そのものを理論的かつ実践的に学ぶことが重要であり、疫学の専門家のみでなく、公衆衛生に関わるすべての専門領域において基本的な対象認識と問題解決の基礎理論として重要な科目です。

本科目区分の教育目標

  • 公衆衛生上の問題の本質を定式化することができる。
  • 公衆衛生上の問題とその解決のための対策に関する、適切な定性的・定量的データを収集・測定し評価できる。
  • 疫学的手法を適用し、根拠に基づいた問題解決につながる研究を倫理面に配慮して計画立案し実施できる。
  • 疫学に関する指標や用語を適切に用いることができる。
  • 疫学研究論文を批判的に精読し、その強みと弱みを適切に評価できる。
  • 疫学研究で得られたデータから適切に因果関係を推論できる。
  • 疫学の論理をふまえて、健康に関する情報を専門家、一般の人に伝えることができる。

 

② 生物統計学
日本は生物統計学の専門家が圧倒的に不足しています。人々の健康を取り扱う保健医療研究や実践の評価を行うためには、生物統計学の一定レベルの知識・技能をもつ人材の確保は重要です。また、臨床試験の実効性を担保するための臨床研究・臨床試験の実施を支援する専門職についても、国際的なレベルからは十分な人材が確保できているとは言えません。生物統計学の幅広い専門性から、生物統計学のテクニカルサイエンスのもとに公衆衛生学分野の知識・技能を有し、研究者・科学者としての思考、リーダーシップに優れていること、交渉能力といったコミュニケーション能力が高いことが重要です。そのため、講義および演習ではインタラクティブな教員・学生との連携に重点を置きます。

本科目区分の教育目標

  • 医学研究で得られる様々なデータについて、データの種類や分布の特徴を理解し、適切なデータの要約やグラフ表示することができる。
  • 臨床試験をはじめ、医学研究における統計学と疫学方法論の基礎について説明できる。
  • 基礎的な統計学的仮説検定について理解し、統計解析ソフトウェアを用いて実際のデータに適用し、データ解析を行うことができる。
  • 医学研究や実践の場で、調査研究方法や論文作成をはじめとする研究手法について、説明できる。
  • 医学研究で統計解析手法を応用する、もしくはそのために統計専門家と協働して問題解決ができる。

 

③ 社会行動科学
健康に関連する私たちのさまざまな行動は、周囲の人々や社会との相互作用の中で形作られています。その相互作用を理解し、働きかけていくためには、 個人や集団の行動や健康に影響を与える社会・経済・文化・環境的要因についての理解が不可欠です。

また、多様な価値観、期待をもつ患者や住民に、健康医療に関する情報を効果的に伝え、意思決定を共有し、より健康につながる選択や行動を促していくことが求められています。この前提となるのが、行動科学理論や社会疫学、健康教育、ヘルスプロモーションに関する確かな知識、 さまざまな職種や立場の関係者や組織と連携、協働していく力です。

本科目区分の教育目標

  • 社会・経済・文化・環境的要因が、個人や集団の行動や健康に与えるメカニズムと影響を説明できる。
  • 公衆衛生上の課題について、関係者や関係組織とビジョンを共有し、課題解決にむけて協働できるよう働きかけるため、基本的なグループダイナミックスとリーダーシップに関する知識を身につける。
  • 個人や集団の多様性を理解し、公衆衛生情報を伝えるための適切なコミュニケーションの方略を選択できる。
  • 公衆衛生の向上のために、科学的根拠に基づく適切な公衆衛生情報をもとに、対象者の理解と行動を効果的に促すメッセージを作成できる。
  • 多職種連携の重要性を理解し、チームで効果的に協働するための対人関係スキルを身につける。
  • 健康教育・ヘルスプロモーションの基本的な理論・モデルを理解し、それらを応用して、個人や集団、社会を対象にした実践ができる。

 

産業環境保健学
産業保健学では、日本全体の疾病構造が大きく転換するとともに中高年労働者が増加してきた結果、職域における循環器疾患やがんがより大きな問題になってきました。また、技術革新や産業構造の変化に伴う作業態様の多様化、心理的ストレスの増大などにより、メンタルヘルスが産業保健での最重要課題のひとつとなりました。産業医、産業看護・保健師、安全衛生管理者等の産業保健の専門家として、関連法規や制度、ならびに衛生管理組織といった実務運営のための専門知識と管理能力、さらには、働き方改革や健康経営などの新しい動向の理解も必要です。
一方、環境保健学は、「人間の健康に環境が及ぼす影響」についての学問であり、大気汚染などの環境有害物質から騒音や気温など物理的環境を対象としていますが、今日では温暖化現象など地球規模の環境問題とその対策についても取り扱うようになっています。そのため、有害物質による生体影響の同定や環境防御対策について特定の地域集団だけでなく国際的な枠組みで環境保健対策を計画・実行できる人材が求められています。
 

本科目区分の教育目標

  • 環境が人の健康に与える影響およびその対策について説明できる。
  • 環境保健に関する海外の動向、国の法律と政策、地方自治体での実施について説明できる。
  • 産業保健に関する基本的な法制度と政策について説明できる。
  • 産業現場におけるハザードと健康リスクおよびその予防について説明できる。
  • 産業保健の3管理および5管理について説明できる。
  • 産業保健における今日の主な問題とその対策について説明できる。

なお、必修科目が1単位のため、選択科目を少なくとも1科目以上履修することが望ましい。

 

⑤保健政策・医療管理学
近年の自然環境や社会環境の急激な変化に伴って、新たに顕在化している公衆衛生上の課題は増加かつ複雑化の傾向にあり、保健政策を科学的に判断・立案・実行できる保健行政の専門家や第一線の実務者の必要性がますます高まっています。同時に、近年のグローバルな社会構造や疾病構造の急激な変化に伴って発生している新たな公衆衛生上の課題に対しては、早急な専門的対応が国際社会から強く求められています。しかしながら国際医療協力において、政策デザイン、行動計画立案、ならびにその遂行まで指導的立場で効果的に推進できる専門家が慢性的に不足しています。

一方で、医療システムのあり方とその管理をめぐる問題に対して、地域を含めた医療体制、医療経営、医療安全、医療情報といった視点からの変革とリスクマネジメントの重要性も求められています。また、医療の質を向上させるためには、経営効率化や地域保健を含めた業務連携の標準化、臨床データの有効活用、医療安全の確保等が求められますが、これを実現するための情報基盤を構築・管理できる専門的な人材が必要です。
 

本科目区分の教育目標

  • 保健政策の理論・モデル、根拠に基づく政策立案の基本的な考え方を理解し、説明できる。
  • 経済学的ツールを用いて医療問題を分析できる。
  • 社会保障の基本的概念を説明できる。
  • 地域の保健・医療課題を発見し、利害関係者と協働して問題解決できる。
  • 世界の公衆衛生的課題を人口統計や健康指標から説明できる。
  • Global Healthの地域別課題について概要を説明できる。

なお、必修科目が1単位のため、選択科目を少なくとも1科目以上履修することが望ましい。

 

⑥ 共通科目

ⅰ. 課題研究

国内外の現場で発生する公衆衛生上の諸問題に対して、各々の専門領域で指導的立場として問題解決型の対処ができる、すなわち現場での実践に資する高度専門職業人養成の集大成として課題研究を行います。到達目標は、講義・演習科目を通じて学んだ知識の体系化を図ることです。

すなわち、各人材養成像に沿ったコースワークの後半期間を用いて、より専門的・実務的な研究課題として取組み、学んだ知識を実践の場に還元できる能力を身に着けるものである。
従って、課題研究を担当する研究指導教員により特定の研究課題について個別に研究の実践、指導がなされ、現地でのフィールドワーク、調査、情報収集、分析等を経て課題研究報告書を作成します。成績評価については、この報告書を審査して決定されます。
課題研究の期間中に特定の調査や分析等の作業を行った場合には、調査結果や分析結果も含めて審査されます。また、短期の実習等に参加した場合には実習報告書や実習先の評価も審査の対象となります。いずれの場合においても、課題研究達成までのプロセスも審査の対象です。
なお、課題研究の指導方法、発表スケジュール、評価内容等については、学期中の適切な時期に院生向けにガイダンスを実施します。

 

ⅱ. 公衆衛生倫理学

公衆衛生の現場で意思決定を行う際に必要となる、以下のような公衆衛生倫理の基本的な知識・考え方を学びます。公衆衛生領域の政策決定や臨床現場で必要となる倫理的判断の基礎について学ぶとともに、ヒポクラテスの誓い、ジュネーブ宣言、ヘルシンキ宣言といった生命倫理と医の倫理に関する規範の意味やその歴史的流れをふまえながら、患者の基本的権利について理解します。真実の告知、インフォームド・コンセント、パターナリズム、死の受容、安楽死、尊厳死などの具体的問題を取り上げ、事例を通した討論を行います。さらに医師法や医療法といった関連する医事法制を整理し、守秘義務、応召義務、医学的無益性、医療資源の配分、メタ倫理などの、さまざまな倫理的問題についても学びます。これらは、治験等の臨床試験や病院の管理等、広く保健医療現場での判断基準として不可欠な要素であるため、5つのコア領域科目区分とは独立した共通科目として設定しています。

 

ⅲ. 医学基礎・臨床医学入門
基礎医学、臨床医学、公衆衛生学の入門となる必須事項を適切に理解するための知識を学びます。

医療系出身者以外の学生への配慮から、まず人体の構造と機能について理解するため、細胞レベルから臓器レベルに至るまでの解剖学、生理学など基礎医学全般を学びます。臨床医学は、消化器、循環器、呼吸器、腎・泌尿器、神経・筋、内分泌・代謝、心理・精神、免疫・アレルギー、感染症、血液・造血機能、婦人科、小児科などの分野に分け、各種疾患を理解するための基本的事項を中心として、病気の成り立ちを理解するため重要な病態生理、病気の診断に必要な検査や治療などについて学びます。

 

ⅳ. 調査・研究法概論
帝京大学出身のMPH、DrPH取得者が共通して身につけておくべき、業務効率化の手 法、調査・研究法の基礎(Input:情報の入手・管理法、情報の分析法、Output:情報の表 出法:プレゼンテーション、論文の作成の基礎)について習得することを目的としています。加えて、本学の特徴である、問題解決型アプローチの実例についても紹介します。効率的かつ確実な業務・研究の取り回しは、仕事の成果を左右します。このような理解の上に、幅広い視点から調査・研究法の基礎を学び、実践できることを目標とします。

 

ⅴ. 健康医療情報学
人々の生命・健康を守る専門家として健康・医療情報を適切に活用するために求められる知識・スキルの基礎について学びます。実際に、健康・医療情報を体系的に収集し、得られた情報を批判的に吟味し、信頼性を判断した上で、他者に伝えることで、さまざまな背景を持つ関係者に対して、専門家として最新の健康・医療情報について信頼性を踏まえ、わかりやすく伝えられるようになることを目的とします。

 

ⅵ インターンシップ
インターンシップとは、学生が在学中に、自らの専門や将来のキャリアに関連した就業 体験を行うことを指します。主な就業体験先は、 国際機関、行政機関、企業、NGO 団体など です。こうした就業体験に参加することにより、講義の中で学んだ知識を活かし、より実践的な問題解決能力を高め、公衆衛生の専門職にふさわしい素養(コンピテンシー)を身につけることを目的とします。また、実務の現場において公衆衛生の基本的な実務(地域や職場の理解、チームでの勤務、プロジェクト管理、各方面へのコミュニケーション、モニタリング能力など)の実践能力を向上させることも目的としています。

 

⑦ 特別講義
本学の欧米提携校(米国ハーバード大学、英国オックスフォード大学、英国ケンブリッジ大 学、英国ダラム大学)より各分野の世界的権威である教授陣5名を招聘し専門領域(主要 5 領 域より)ごとに「特別講義」(毎年1月に 1 科目 8 コマの集中講義形式で開催)を設定する。 集中講義としている理由は、特定の期間にまとめて各専門領域の海外の最新事情や最先端の知識を効率的に学習できる利便性を重視したためである。また、毎年1月に設定している理由としては、公衆衛生学について一通りの知識を習得した後にさらなる見識を深めるといった学習 プロセスを提供するためである。
この特別講義は全て英語で実施されるが、本研究科で求めるコンピテンシーの一つである「国際通用性」の観点からも、本科目を履修または聴講することを強く推奨する。本学の教員 らが講義のポイントの解説や課題演習等で学生の理解をサポートする。

⑧ アドバンスセミナー
専門的あるいはトピックス的な事象をテーマとして、学外の専門家を含めた講師による科目として、アドバンスセミナーを行う。上記に記載した科目を基本に、公衆衛生の現場で応用するためのコンピテンシーの獲得を目標にする。なお、単位の付与はなく、年度により扱うテーマは異なる。

⑨ 養成する人材像と関連する科目の具体例

総括産業医・労働衛生コンサルタント・産業衛生学会専門医 産業環境保健学実習、産業精神保健学演習
産業・環境保健の作業環境測定士・環境計量士 産業環境保健学実習
保健医療機関・コメディカル部門の管理者 医療経営学演習、医療管理学実習
臨床試験・生物統計の専門家 基礎生物統計学、応用生物統計学、臨床試験概論、データ解析演習、社会調査データ解析概論、社会調査データ解析演習
国際保健の専門家 国際保健学演習、国際保健学実習
地域保健医療の専門家 地域保健学
公衆衛生行政の専門家 医療保障政策論など

 

 

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